二度の転職は新しい「わたし」への挑戦 | BuzzFeed Japan 小林明子さん

「人々の生活にポジティブなインパクトを生み出すこと」をミッションとして、その勢いを加速しているBuzzFeed Japan(以下、BuzzFeed)で記者・編集者として活躍している小林明子さんは、2児の子育てをしながら、#metoo やLGBTウィークなど、性別や肩書きに囚われない多様性に溢れた企画を日々提案・取材している。もとは全国紙の新聞記者からキャリアをスタートした小林さんが、結婚・出産を経てBuzzFeed に入社し、自分軸を持って発信を続ける原点とは。前編・後編に分けてインタビューさせてもらいました。

二度の転職は「ワークの理由とライフの理由」

小林明子さん | BuzzFeed Japan 1977年生まれ、岡山県出身。2000年、毎日新聞社に入社。結婚・出産後フリーライターを経て2008年に朝日新聞出版に入社。週刊誌AERAの記者として、働き方や子育てのテーマを主に取材。2016年BuzzFeed Japanに入社。特集エディターとして「#metoo」「国際ガーズルデー」「LGBTウィーク」など様々な特集企画を実施。

―新卒で新聞記者、その後雑誌社に転職し、現在のBuzzFeedで働くまで結婚・出産とライフステージの変化もあったと思います。小林さんのキャリアチェンジは、どのような軸で選択してきましたか。

これまで二回転職しているのですが、それぞれワークの理由とライフの理由の両方がありました。最初のキャリアチェンジが27歳で結婚3年目、新聞社を辞めてフリーライターになり、それからアエラへの転職だったのですが、ライフの理由として、夫も新聞記者でお互い全国転勤がある中、結婚してもなかなか一緒に住むことができなくて。一つの拠点を持てるような仕事に変えた方が将来的に良いと思ったことがきっかけです。

ワークの理由としては、新聞記者で事件取材や夜討ち朝駆けでネタを取ってくる日々を送っている中で、自分自身の興味が、人の生きづらさをどう解消していくか、というテーマにあることに次第に気付き始めて、もう少し腰を据えてじっくりとそのようなテーマで取材出来る媒体を考えました。

二回目のキャリアチェンジが39歳で子供を2人出産後にアエラから今のBuzzFeedとなります。ライフの理由として、私も管理職の年代になってアエラのデスクとして記者のゲラ(印刷された紙の原稿)を確認する立場になると、ゲラがあがってくる夜中の1時頃まで会社にいて、チェックをしなければいけない。

そうすると、その当時は 、子どもたちを泊りがけで見てくれるシッターさんを探すしかない状況だったので、このまま管理職になって紙のメディアを続けるのは、もう難しいかなと思いました。

いっぽうその頃のワークの理由としては、息子がiPadでニュースを見たり、情報を得ている様子を目の前で見ていて、この子たちが将来、情報リソースとしてどこに重きを置くだろう、と考えた時に、紙ではない世界に挑戦していきたい、と思いました。

―これまで、「母」「妻」という立場と、「わたし」が本当にやりたいことの狭間で葛藤したことはなかったですか?

そこを上手くアジャストしてこれたのではと思います。例えば新聞で長時間労働ができないとか、転勤ができないって、当時の新聞社の中の価値観では、いわゆる負け組と見られがちですが、自分の中では負け組とは思っていなくて。

違う取材とか違うやり方の仕事ができるっていうことの、チャレンジの方に軸足を置いていたので、転職する際も、転職先の方のチャレンジへのワクワクが大きいから転職したような感じです。

前の会社が嫌だとか前の会社で出来ないことがあって転職したというよりは、もっと新しいチャレンジをしようという目的で転職してきたので、キャリアチェンジの度にそこで新しい知見が蓄積され、それが結果的に自分のやりたいことになりました。ワークの理由、ライフの理由、色々考えた上での転職ではありますが、段々とやりたいことに近付いてきた、というのが実感としてはあります。

ジェンダー企画の原点は「母親」

大学時代から、元大阪府知事のセクハラ問題の裁判傍聴に行くなど、ジェンダーへの関心は高かった。卒論テーマは「学内のセクハラ告発」について、先生や学生たちへのヒヤリングをしてまとめたという。

―小林さんの、読者に新たな価値観を与えてくれるジェンダー視点の記事の原点は、どこにあるとご自身は考えますか?

BuzzFeedに入社して実感したのは、すごく多様なバックグラウンドの人が多いことです。性別も国籍もそうだし、年齢もそうだし、前職もそれぞれ全然違う。

それに比べたら、私が育ってきたのは地方の割と閉鎖的な環境で、普通に地元の中学高校に通って、国立の大学受験に失敗して私立に進学し、留学経験もない。私自身は、多様なバックグラウンドに触れる機会があまりなく、強いて言うなら、私の母親ですね。もともと女性学に関心を持っていて、中学生ぐらいの時にジェンダー論の先駆けである社会学者・上野千鶴子さんの講演に連れて行ってもらったんです。

そんな関心があったからか 、母親は「自分が長男の嫁として義理の父親の介護をするのは納得がいかない。一人の人間として介護をするんだ」と言い出して、一人で籍を抜いて、玄関に旧姓の表札と2つ並べていたことがあります。

私は当時高校生で、お母さん変わったことしているな、と思いながらも、「母親」という立場で当たり前のようにご飯を作ったり掃除洗濯をしていることに対して、何かしらこの人は物申しているようだ、っていうのを横で見られたことで、そうか、これは当たり前のことではないんだ、っていう気付きにもなり、そこからジェンダー課題への関心が芽生えたんだと思います。

母親の夫婦別姓という選択も、夫婦が同じ名前でいることが当たり前じゃない、と高校生ながらに考えたし、私の今の企画の原点は母親なのかな、と考えています。

(後編記事は11月27日公開予定)

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