海外駐在中の経験が生み出した、“型”にとらわれない子育てとマイ・ライフワーク|寺島絵里花さん 前編

みなさん、こんにちは!【Molecule(マレキュール)】ライターの呉由香です。突然ですが、今あなたが「海外に住む」ことになったら、どうしますか?きっと頭に「不安」の二文字がよぎる方も多いのではないでしょうか?夫の転勤に帯同し、上海で楽しく暮らしている私も、日本にいる時は「いつか海外に住むかも」という心づもりはあったものの、やはり帯同が決まった時は、「仕事どうしよう」「子育てどうなるかな」と、正直、不安がなかったと言えば嘘になります。

家族の転勤や様々な事情で仕事を辞める選択をしたり、子育ての環境がガラッと変わったり・・・。未来は想像に溢れているようで、想像しきれない予測困難な側面もたくさんありますよね。そんなふうに計画しきれない人生の中でも、転機があったからこそ不安を乗り越え、さまざまな体験の上に、第二の人生が輝いたというストーリーも!

今回インタビューさせていただいた日本メディアリテラシー協会代表理事・寺島絵里花さんも様々な転機を家族と乗り越え、人生をアップデートしてきた1人です。

寺島絵里花(てらじま えりか)さん。日系航空会社勤務中に結婚、一人目の子どもを出産。2011年に夫の上海駐在に伴い、会社を退職し、海外で生活をスタート。上海で二人目、三人目の子どもを出産、三児の母となる。2014年に帰国後は、一般社団法人日本メディアリテラシー協会を立ち上げる。代表理事として日本全国の教育現場での講演・普及活動等を続けながら、大学院で情報教育の研究も行う。ワーママとしての生活、海外駐在や海外出産などの経験をもとに、型にとらわれない3児の家庭教育、仕事と家庭との両立、海外事情、旅行のことなどについて書いたブログが人気を博し、1日1万PV以上に上る。

 

自分のキャリアを生きることより、家族と一緒に生きることを選び、会社退職の一大決意

ー絵里花さんは、航空会社総合職としてのキャリアをスタートしたばかりに、海外駐在帯同・専業主婦になる一大決意をしたのですよね?

はい。夫の上海への駐在が決まった時は、まさにガツガツ働いていたワーママでした。一人目の子どもは保育園に通わせていて、二人目妊娠中でした。私は、入社してすぐ結婚して子どもができたので、20代前半でしたし、このまま会社で働き続けることを考えていて、上海には行かないつもりだったんです。

ところが、初めての海外生活をした夫が、思いのほか壁にぶち当たりまして・・・ふだん弱音をはかなかった夫が、仕事も生活もすべて大変である状況を訴えてきて、「このままでは彼が本当に死んでしまうんじゃないか」というくらいの不安を感じたのです。

いったん、海外にはついて行かない選択をして、「自分のキャリアを生きたい!」と思っていた私でしたが、ここでいっきに家庭が崩れていく危機を感じました。

そこで、原点に立ち返って考えてみました。「そもそも、私は何のために結婚したの?」と。実は、こんなに早く結婚したのは、彼と遠距離恋愛で、側で一緒にいたいという思いが強くなったからなんですね。

だから、急に仕事をやめて専業主婦になること、キャリアがなくなるということに漠然とした不安は感じましたけれども、大切にしたいことがあるので、すぐに会社をやめる決心をしました。そして、長女と、お腹にいる子どもと一緒に、上海に渡ったのです。

キャリア不安を抱えながらスタートした上海生活で訪れた、劇的なマインドチェンジ

仲良くなったイタリア人ママには、親子でヨーロッパ旅行にも連れて行ってくれたとか。 上海を拠点にして、グローバルに心を通わせる交流を体験した貴重な時間だったそうです。

ー不安はありながら、大切な家族と一緒にいるために上海へ渡ったのですね。その後、駐在生活はどうでしたか?

それが、面白いことばかりだったんです!上海に着いたその日に、お隣のお宅に挨拶に伺ったら、「チャオ!」と出て来たのが、3人の子どもを持つイタリア人のママでした。彼女との出会いが、まさに転機。その後、私の人生を激変させる大きなきっかけになったのです。

彼女の第一印象は、「タフな人だな」です。どこからかフィリピン人のナニーを見つけてきて、家事・子育てのお手伝いとして雇っていました。そこで、ナニーがいる生活を知りました。

そして毎日お互いの家を行き来するほどの仲になった彼女に、上海に住む多国籍のママが集まるコミュニティに連れていかれたのです。そこでの会話は、英語が共通語でした。彼女たちと毎週金曜、フランス租界のカフェで子連れモーニングティーをするんですよ。

また、誘われてマタニティスイミングにも行きました。ドラゴンベイビー(辰年生まれの赤ちゃん)の会も発足していてそこに入ったり、プエルトリコ人の会に香港人・インド人ママと一緒に行ったり・・・。

子どもを連れながら、あっちこっち様々なママと交流することで、子育てにいろんなやり方があるんだな〜と知り、衝撃でした。そこで、「ワーママの時から今まで私って、長女と全然向き合っていなかったな」と、気づかされたんです。

上海図書館近くのカフェで、多国籍なママたちとモーニングティーをしながら交流。アメリカに大学留学をしていた絵里花さんですが、当時の留学先よりも多国籍な集まりだったとか。

 

ー子どもと向き合えていなかったと感じたのですね。

はい。正直、二人目が生まれて、長女のことを可愛いと思えなかった時期があるんです。下の子を見ているときに、「上の子がうっとうしい」って・・・そういう思い、感じたことあるママもいるんじゃないでしょうか・・・?

ーわかります。私も経験あります! たしかに、ちゃんと上の子に向き合えてなかったなと・・・

そう。だから周りの外国人ママたちが余裕のある子育てをそれぞれのやり方でやっているのを目の当たりにして、「私のやっている育児って狭いな!」と痛感しました。育児に対する考えが、これを機に相当変わっていきました。

当時、中国はアメリカに次いで、最も多く、多国籍な人が住んでいる国でした。上海に住む外国の人は、ナニーを使い慣れていて、皆、相手をリスペクトしているんです。

香港は、ナニーを育てる文化が育っていて、それができないとトラブルになるとか。つまりは、相手に心を開き敬意を払うことが人間関係には大切で、批判することばかり習慣づいてしまうと、トラブルや苦しみを生み出してしまう・・・「それは、子育てでも一緒なんだな」と気づいたんです。

今までは、夫にも子供にも、減点方式でコミュニケーションをしていたんだなと、自分を猛省しました。その学びから、人間関係のスタンスが変わり、子育ても少しずつ楽しめるようになりました。

心を開き、オープンに人と向き合える私へ変わること

ー上海に行って、子育てに対する視点が変わったのですね。

はい!そして、中国人の阿姨(アーイー)をフルタイムで雇ったのですが、これがまた運命的な出会いでした!なぜなら、私が「信頼」という窓を開くきっかけをつくってくれた人だからです。

彼女とは、毎日一緒に市場に行って、食材の名前を聞いたり、料理のことを聞いたり。生活の中で生きた中国語を教えてもらいました。

私も彼女に日本語を教えながら、お互いに学び合い、二人で日本料理のレシピ本をつくったのです。一つの本を作る過程を通して、心の通う交流ができました。

このことで、他人でも、実のお母さんのように頼れば、よくしてくれるひとがいるんだ!と気づき、「私は相手を信頼する」と決めて、心を開いて生きることを大切にするようになりました。

阿姨(アーイー)と作ったレシピ本の一部。生きた中国語を学ぶ材料になったそうです!

 

ー心の通う交流や、信頼しあえる人間関係を築くことができたこと、ステキですね!

はい、そうですね。家族以外の人にも心を開くようになって、そして今の自分はオープンに自分の嫌なこともいいことも他人に言うようになりました。心開く、素直でいることはとても大切だと思います。

私は高校からアメリカに留学していたのですが、当時は外国に住んでいても、このことには気づけませんでした。でも上海で暮らしてみて、人と出会って、初めて知ったのです。

編集後記

上海での思いがけない出会いが、子育てや人間関係の新たな視点を開く扉となったという絵里花さん。さて、まだまだ思いがけない出会いは続きます。そして、日本への本帰国から、学び直しを経て現在の活躍までの秘話は、後半の記事にてお届けします。楽しみにしていてくださいね!