看病と育児とキャリアと 挑戦し続ける「私」を娘たちに見せたい|P Rフリーランス 松本恵理子さん

今回インタビューした松本恵理子さんは、PVL(脳室周囲白質軟化症)という病を抱える5歳の長女と1歳の次女を育てながら、美容会社のPR経験を活かして、更にスキルやネットワークを強化するべく、PR塾に入塾されました。そして間もなく、チャーミングケア(*)でアンバサダーとしてジョインし、育児やリハビリ、通院などの時間を確保できるような、自分自身の子育ての生活リズムに合った仕事の仕方を築き始めています。

P R・イベント企画・営業の経験を積み、P Rプロデューサーとして活躍し出した松本恵理子さん。PVL(脳室周囲白質軟化症)という病を抱える5歳の長女と1歳の次女の子育てをしながら仕事の挑戦を続けている。

―今年の6月まで美容関係の会社でPRのお仕事をされていたということで、その時のお話を聞かせてください。

はい、美容ローラーで有名な企業で、PRや百貨店立ち上げなどの仕事をしていました。美容にも興味があるし、本社は名古屋にあるしで、どうしてもここで働きたい!と思って、すぐ応募しました。念願のPRの部署には入れなかったのですが、それでも諦めきれず、応募している業種全てに挑戦して、一年がかり、4回目の応募で念願かなって入社できました。

―すごいパワーですね!入社後はいかがでしたか?

とても楽しかったです。ただ充実すればするほど、育児やリハビリ、通院とのやりくりが難しくなっていきました。思いのまま、出張に行ける他の同僚を羨ましく思ったり、逆に、自分の方が向いているのにと思っても、育児との兼ね合いを考えると、やりきれる自信がなくて遠慮してしまったり。

社内の中でも「腫れ物に触るような雰囲気」が出てしまって、気を使わせてしまったと思います。

三年半ほど前にWeb上で自分を発信することを始めました。子供の情報など、自分も探すのにとても苦労したので、自分が発信することで誰かの役に立てればいいな、と思って。最初はPRフリーランスになって会社を立ち上げようとは思っていませんでしたが、結果的にそこからつながりができて、PRやコーチングなどのお仕事もいただいている状態です。そこから「チャーミングケア」の石嶋瑞穂さんと繋がることができました。

出産後に娘のPVLが発覚 仕事復帰後の葛藤

―娘(長女)さんがPVLを患われると聞いた時のことを教えてください。

当時、体調を崩して、子宮頸がんの一歩手前で手術をした時のことでした。まだ初期で妊娠には気がつかなかったのですが、時期的に考えると、長女はもうその時、お腹の中にいたのではないかと思います。

そんな中での妊娠でしたので、切迫早産のため六ヶ月で緊急入院することになりました。いろいろ手は尽くしてくださったのですが、妊娠八ヶ月の時点で出産となり、生後二ヶ月間は、病院で過ごしました。誕生から数週間経った後、先生から、お話があり、おそらく下半身に後遺症が残るだろう、というお話を聞きました。

幸運だったと思うのは、逆に、早めに教えていただけたことで、心の面でも、これからの生活をどうしていくか、という面においても、いろいろ準備ができた、ということです。

松本さんと二人のお嬢さん。大きな笑顔が印象的です。

― 子育てするにあたり、仕事を辞めるということは考えられましたか?

復帰する際に、家族や周りはたくさん心配していましたが、自分はやっぱり「続けたい」という気持ちが強かった。障害を持つお子さんのお母様方は、やっぱり仕事を続けられなくなってしまう人がほとんどなんですね。そうすると、仕事を介した横のつながりもなければ、子ども同士のつながりもなく、社会との繋がりが強制終了されてしまう。

私が今仕事を辞めたら、彼女が大きくなったときに、「お母さんは自分のために仕事を諦めたんだ」と、どうしても思って欲しくなかった。そして、最初にあった通り、念願の会社に入って仕事ができていたので、戻りたかったのです。

仕事に戻ってからはモチベーションを保つのが大変でした。正直、周りも私がいつ休むか分からないので、「仕事をふるにふれない、子供のこともあまり聞いちゃいけない」そんな空気になっていたと思います。

よくある話だし、みんなも経験したことかもしれませんが、気を使ってもらえばもらうほど、申し訳ない気持ちになってしまいました。

先が見えなくなって、この先自分がどんな仕事をしていくのか、どうキャリアアップしていくのかが見えなくなっていました。そしてコロナの影響もあって6月に退職し、家族の人材管理の仕事を手伝っていました。

― 数ヶ月して、発信し始めたSNSや通い始めたPR塾を通じて本業のPRの仕事が入ってきたのですね。

はい、とても幸運なことだと思っています。私の子供はまだ小さいし、通院やリハビリも多いので、時間に融通がきく働き方がマストなので、そこで動けるのはとてもありがたいです。

もし将来企業で働くことがあったとしても、チームの個人個人がそれぞれの力量を生かして、自分がいなくても回っていくような、そんな仕組みを作っていきたいと思います。

今のチャーミングケアのアンバサダーのお仕事のように、中々従来通りの働き方ができなくなってしまったお母さん達が、完全に社会とシャットダウンされることがないように、つながりを維持しながら自分の人生を生きていけるような、そんなところを目指しています。

パートナーというか、相方が見つかったらさらにいいですね。お互い「万が一」をカバーしながら働きあっていけますから。

最初は心配していた家族も、今は大事なチームに。「今していることが、将来のどんなことに繋がるか、それを話したら、理解を得ることができました」

―周囲の心配が、逆にハードルになったりしませんか?例えば、すごく前向きな気持ちの時に、過剰に「大変ねー」と声をかけられたりするとか、働き方にストップをかけるべきだ、と言うような圧がかかったりとか。そんな時はないですか?

障害があるなしにかかわらず、子供は子供の人生を生きていくものだと思っています。その子の人生を背負ってあげられるかもしれないけれど、それを望んでいるのかどうかは分からないし、まして苦しみは変わってあげられることはできないのです。

私のできることは、私の背中を、生き方を見せること。母親がいろんなことに挑戦していたら、きっとその子の選択肢も広がっていくと思うのです。「大人だって頑張ってる、じゃあ私も新しいことやってみようかな」って。

チャーミングケアのアンバサダーのお仕事も、実は自分が5年前に書いた将来の夢ととても似ているんです。もっと子供の福祉や、看病に当たっている母親達のコミュニティを作りたいって書いたんですよね。ずいぶん前に書いたその文をつい最近発見して、鳥肌が立つほど驚きました。

子供には逆に、私の人生を開いてくれたと思っています。育ててもらっているとも。

「辛い体験は何一つ無駄になっていない」 走り続けることの大切さを伝えたい

―今、もがいている読者の方々に、何か伝えたいことはありますか。

私もここに来るまでに、うつ病で半年間休職したこともあったし、お茶汲み、データ入力のみの仕事をしたこともありました。でも自分の辛い体験は、何一つ無駄になっていないのです。どんな仕事も誰かの役に立っていると思ったら、走り続けられるし、やったことは全部繋がります。

自分の夢やこだわりに執着してしまうこともあるかもしれないけど、まずは走り続けて欲しい、と伝えたいです。そしてなるべく楽しんで、丁寧にやっていく。そしたらきっとまた道が拓けていきます。

「多忙な毎日でも、面白がって過ごすことが大事」

ーご自分の強みはどんなところだと思いますか?

粘り強さ、フットワーク、行動力そして探究心。何より、なんでも楽しく、人生面白がったもんがちだと思って生きていることです。

―多忙な毎日なのにすごくお肌が綺麗ですが、何か秘訣はありますか?

お恥ずかしいことに、特に下の子が生まれてからは、全く何もできていません。美容関係のPRをしていた時は、時短美容をモットーに、投資していました。

ここ数ヶ月の話ではありますが、やっぱり自分のしたかったことをでき始めて、ウキウキして、楽しんでいるからですかね(笑)。PR塾はキツいですけど、すごい人にたくさん会えるし、いろいろな刺激がもらえる。本当に今とても楽しいんです。

*1)チャーミングケアモール
病気や障害のある子どもの見た目やメンタルのケアをする商品を集めたショッピングサイト。「#働くを諦めない」を合言葉に、障害や病気を抱える子供達を育てながらでも、働いて社会に貢献していけるような働き方を提供している。

マーケティング調査や新商品開発を主に、完全在宅で無理のない範囲で、個人のスキルアップに繋げたり、得意分野で事業に参加できたりするような仕組みになっている。

▼ 松本恵理子さんのSNSサイト

https://twilog.org/eri5ma2mo10

https://note.com/eri5ma2mo10

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