産後諦めかけていた「想い」を蘇らせた2つの出会い | 航空会社勤務・小松 朋子さん

シリーズ連載:自分軸で生きると決めた、わたしたち

「なんとなく育休をなくそう」をテーマに2018年に立ち上がったコミュニティ「MIRAIS」による連載です。バリバリ働いていた中で、突如育休で全てがリセットされたような感覚になり、何をすればいいのかわからぬまま、何となく育休期間を過ごして職場復帰する。そんなモヤモヤ体験、【Molecule(マレキュール)】読者の皆さんも記憶にありませんか。連載のテーマ「自分軸で生きると決めた、わたしたち」では、MIRAISでの活動を通して、育休前後に自分軸を見つけた女性たちが自らの言葉でその変遷を寄稿します。

今回の執筆者

小松 朋子さん
小松 朋子さん

航空会社の事務系総合職で3児の母。過去には航空会社2社で運航関連業務を経験し、結婚を前に、異業種の企業の広報部員へと転身した。3児を出産後、「もう一度航空業界で働きたい」との想いから、ご縁あって再び古巣の航空会社へ。料理全般を担当してくれ、週末も3人まとめて面倒を見てくれる旦那さんあっての毎日です。

子どもが増える喜び。一方で感じた漠然とした不安

3人も子どもがいたら、転職も無理だろうし、ずっと今の会社に居させてもらうしかないんだろうなぁ。

3人目の妊娠が分かった2017年、3人を育てる不安よりも、漠然と頭をよぎったことだった。

その時在籍していた会社は、20代後半で広報未経験の私を採用してくれた上に、結婚・出産・育児など、いわゆる女性のライフイベントを見守ってくれた会社。それだけでも働きやすい会社であったのだと思うし、とても感謝している。

しかし、私は、一番上の子が小学生になる前に、在宅勤務の制度がある会社に転職することをかねてより考えていた。

3人目の妊娠は、そのプランをゆるがしかねない事態だった。

「小さな子どもがいる」というだけで、会社からしたら制約人材。ましてや3人もいるとなると、よっぽどのスペシャル人材でなければ門前払いだろうなぁ、と当時の私は考えていた。

ここで少し、1人目2人目の育休を振り返る。

ベビーカーに子どもを乗せて、はやりのママバッグを持ち、「近所で○○ちゃんママとランチ」という過ごし方は早々に飽きてしまい、1人目の育休では、「PRプランナー」という広報の資格を取得し、2人目の育休では育休者を対象としたMBA講座に参加。

もちろん、やらないよりは、やって良かったと思うのだが、考え抜いてそれらをやったというよりは、「育休中に私はこれをやった。こういうふうにアップデートされた。」ということを周りの人や、復帰する会社にアピールできて、「育休はキャリアロスではない」と思ってもらうための自己防衛だった気もする。

3回目の育休。まったりな日々が一転、プロボノとして広報を担当することに!?

話を戻して、いよいよ3回目の育休。

さて、どうしよう。さすがに、これが人生最後の育休となるであろう(笑)。かと言って、何がやりたいかよく分からない。まぁ、いいか。最後の育休だからこそ、あえてのんびり過ごすという選択肢もありか!そんなこんなであっという間に産後半年が過ぎた。

そんな時に、たまたまFacebookのタイムラインに流れてきた、見知らぬ人(=現・MIRAIS代表の栗林さん)の投稿。

「なんとなく育休を過ごすのをやめて、有意義な育休を過ごそう」と何やら仲間を募っている。

一度は投稿を受け流したものの、頭の片隅ではずっと気になっていたようで、数日後に投稿を遡ってもう一度探し出し、コミュニティの参加に申し込んでいた。自分のプロフィールの中で、キャリアを書く部分があったのだが、職歴のところで「大好きだった航空業界を泣く泣く離れた」と無意識に書いていた。

約50人集まったコミュニティ(現・MIRAIS)のメンバーは、育休中の多彩・多才な女性たちばかり。その中で、広報経験者がたまたまいなかったこともあり、コミュニティの広報リーダーをかって出ることになった。

その活動の中で、コミュニティの活動や、代表である栗林さんを複数のメディアに取材いただき、掲載や放送につなげることができた。たとえ育休中でも、会社の名刺がなくても、赤ちゃんをおんぶしながらでも…記者の方と正式にアポを取って、広報活動ができるんだ、と、当たり前のようで、でも画期的な事実に気付いたのだった。

大事なのは、「自分が」何をしたいか、どう考えているか

冒頭の話にもつながるが、直近のキャリアが広報一色だった私は、仮にまた転職することがあっても、広報として生きていくのだろうなぁ、と思っていた。なんとなく。

でも、広報は企業の広報部員でなくても、広報してほしい人がいれば、どんなかたちでもいつでも参画できる。その事実を目の当たりにしてからしばらくしたころ、Facebookのタイムラインで、航空会社の求人募集が流れてきた。

結果的に、これが、Facebookで偶然見かけた投稿で自分の人生が変わった2回目(1回目は「MIRAIS」との出会い)となる。

「自分が何をしたいのか」

いわゆる「キャリアのブランク期間」に、MIRAISのメンバー同士で自問自答する機会をたくさんもらえたおかげで、「子どもが3人いる私は・・・」ではなく、「私は・・・」と、何の修飾語もない「自分」を主語にして、航空業界でもう一度働きたい熱意を面接で伝えることができた。そうして、過去に「泣く泣く離れた」航空業界で働けている今がある。(結果的に、在宅勤務ができる環境も手に入った。)

配属先は広報部ではない。

広報職にも未練はあったけど、それでも何の迷いもなく舵を切れたのは、広報は、本気でやる気があれば、どんなかたちでもかかわれるということに気付かせてもらったから。

結果的には、子どもが3人いることも、「3人いるのにすごいねぇ」とか、ポジティブなほうに受け止めてもらえることも多々ある。この記事を読んでくださった皆さんも、是非、修飾語を取っ払った「自分」の声を大切にしてほしい。

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