子どもたちにとっても一つのロールモデルでありたい|オリビアさん

保育園に通う年子のお子さん二人を育て、週に5日のフル勤務会社員のオリビアさん(仮名)は、この春に職場復帰したばかり。さらに個人企業のPRや、法人イベントのアシスタントにライター業など、復帰早々でパラレルキャリアの新たな挑戦も次々としているというから驚きです。今月から【Molecule(マレキュール)】でのライター活動もスタート。ただでさえ多忙を極める日々を送る中、なぜいま、会社員復帰からパラレルワークを始めようと思ったのか。彼女の目指す未来について、私・羽倉がお話を伺いました。

ーーまずは簡単なご経歴を聞かせてください。

(オリビア) 私は日本の地方都市で生まれ育ちました。母は日本人、父は外国人のいわゆるハーフです。まだハーフが珍しかった30年前、いつも「人と違う」マイノリティとして育ったのです。

1年に1度、父の故郷に行く度に、こんな遠い、自分には親しみのない国を理由に、日本では自分は「珍しい存在」になってしまうんだと、違和感を抱いていました。

中学生くらいになって、地理の勉強で父の国のことを知る様になり、私にできることがあるのではと、英語でスピーチする活動を始めました。そうすることで、自分のもう一つの祖国や自分自身を受け入れられる様に変わっていきました。

同時に今度は、ハーフと言うだけで注目を浴び始め、それまでは「日本人じゃない」って言われていたのに、急に一転して、「ハーフだからカッコいい、だから友達になって」と言う子がで始めるくらい(笑)きっと日本だから起きることですね。アメリカやヨーロッパではあり得ないと思います。本当の自分を見てくれていないんだなあ、と思いました。

だから大学は、経済学、文化人類学、心理学など、学部を横断して学べるところを選びました。父の祖国の問題も違う観点から見られましたし、学生たちの国籍は多種多様で、常に自然にディスカッションして学び合っていく環境に身を置くことができました。在学中は海外との産業連携プロジェクトに参加したり、ベンチャー企業でインターンも体験しました。

ーーけれど、就職先は国内の大手企業を選ばれた。そのまま外資系やスタートアップを選ばなかった理由は何ですか?

私は日本で生きて行きたい、この思いは、もう固まっていましたし、大きい会社で学びたいとも思っていました。最初に配属された部署は、扱う金額や事業の規模こそ大きいものの、本当に「いわゆる日本のサラリーマン」環境(笑)また「ハーフだね」と言われるところに戻ってきてしまいました。

ーーその後、結婚・出産されたわけですが、1人目の育休復帰後はいかがでしたか?

その後すぐに配属されたPRの部署は、今度はずっとグローバルな環境でした。仕事の内容もものすごくやりがいがあり毎日楽しかったのですが、間も無く二人目を授かり、不完全燃焼感が残ったまま、2回目の育休に入りました。

今度の育休は、子供軸ではなく自分軸で考えた時間の使い方がしたい、と思い広報PRプランナーの試験を受けました。そして子供連れでも行ける「育キャリカレッジ」のお仕事留学など、同じ育休中の女性と交流出来る場にも積極的に参加しました。

そこで出会った人たちは、みんなバリバリ働いてキャリアを積んでいる方ばかり。でも悩んでいた。みんなで刺激を受けあって学び合って、自分自身が変わっていくのも感じました。私は当時29歳でしたが、もっと若い方もいました。

「育キャリカレッジ」のお仕事留学(LinkeIn Japanにて)「育キャリカレッジ」のお仕事留学(LinkeIn Japanにて)

ーー復帰後の今はいかがですか?

一度復帰を経験していることもあり、仕事と家庭のバランスは取りやすくなっていると思います。ただ、会社に属する仕事の仕方そのものや、会社の肩書きがなくなった自分について考えることがあります。いますごく中度半端なんです。

それを探るために、育休中に知り合った人や、雑誌で見つけて面白いと思った人に会いに行ったりもしました。そうして知り合えた人のお仕事を手伝い始めたりすることで自分自身を客観的に見られるようになりましたし、育休中に取ったPR の資格のおかげで、自分が提供できることの幅も広がりました。

ーー仕事に子育てに、自分の時間にとお忙しい日々だと思いますが、時間やエネルギー配分で気をつけていることはありますか?

一人目の育休から復帰した時は、もうパンパンでした(笑)。1歳児がいて、さらに自分は妊婦でいる中、結果を残さなくてはという想いと子育てで、体も頭もフル回転でした。

二人目の復帰の時は、会社に捧げる時間を自分の中で完全に決めていきました。ここからここまでは会社にあげる時間、それ以外は、自分のやりたいことだったり、メンテだったりに使う時間とはっきり決めたのです。ただ子供達には絶対迷惑をかけない、それに費やす時間は不可侵です。

ーー会社で「時間を決めて」働くというのは、難しい場合もあると思いますが、周りの反応や心がけていることはありますか?

育児とはどんなことか、ということが絵として見えてない相手に対して、具体的に説明することが大事だと思います。例えば「私は自転車でお迎えに行って、このくらいここで時間がかかって」くらいのレベルまで、説明することもあります。もちろんそれをちゃんと聞いてくれる相手だから良かったのですが。

私の方も相手のお願いをお断りした後、他で補えるように努力しています。今日は無理だけれど、明日は早く来れるようにしますとか、次回は私がやります、と進んで言うようにしています。

実は、育休後にPR部署から新しい部署に配属され、最初は困惑しましたが、今はこの辞令は何か私に期待されていることがあるから、新しい風を吹かせて欲しいと思われているからと考えることを忘れないようにしています。

チームにとってのミッション、そして私がもたらすことのできる変化、ここに優先順位を置いて仕事をするようにすれば、周りにとっても喜ばしい結果につながると信じています。

ーーそんなオリビアさんを支えるご家族はどんな方達なのでしょうか?

私は年の離れた兄弟が多くて、自分が一番上だったので、小さい頃はよく面倒を見させられました(笑)でも今になって、兄弟達が頻繁に遊びに来て子供達と遊んでくれます。私や主人以上に可愛がってくれているのかもと思うくらいです。

そしてもちろん、主人のサポートはとても大きいです。主人がお迎えに行ってくれる日、その時間を複業に当てられますし、週末の午前中子供の相手をしてくれるので、その間にカフェやスーパー銭湯で息抜きできるのです(笑)逆に主人が半月出張でワンオペの時もありますが、お互いのキャリアに協力すると決めているので、何とか乗り切っています。

そして彼は、一番大事なことは、私が笑って生き生きしていることだと言ってくれます。復帰前、「これから物理的に、図書館や本屋さんに行くことが難しくなるかもしれないけれど、どうか学ぶことをやめないで欲しい」とキンドルをプレゼントしてくれました。

ーーオリビアさんが目指す未来とはどんなライフスタイルですか?

自分で「良くやった!」と言えることを積み重ねて、関わった人たちと笑っていられるように、生きていきたいです。子供達にとっても、自分が、女性として人として、一つのロールモデルであれたらいいな、と思います。その結果、家族が幸せに穏やかに暮らしていけたらいいなと思っています。

迷いだしたら、まずは自分の心の中を書き出してみるようにします。そして、たくさん人と話して、たくさん本も読む。色々なことを聞いたり言われたりするからこそ、悩むこともあるけれど、自分が何を大切にしているのかをしっかり持って、愛する家族と笑っていたいと思います。