規制が多く新しい技術の導入は難しいと思われがちな銀行業界も、近年、デジタル化が進んでいます。7月3日に迎えた20年ぶりの新紙幣への対応もそのひとつと言えるかもしれません。紙幣発行にはいつの時代も最先端の技術が使われてきましたが、お金を扱う銀行の仕事も時代とともに変化してきたのです。今回お話をうかがったのは、そんな変化の真っ只中にある地方銀行で働く福家昌子さん(以下、福家さん)。2人の子どもを持ちながら法人営業として活躍する福家さんには、ある思いがありました。「ITパスポート」が銀行員の推奨資格に「これからの銀行員は、ITの知識を身に着けなさい」福家さんが勤務する地方銀行では、数年前から全行員を対象にITの基礎知識を習得するための資格「ITパスポート」の取得が推奨されるようになりました。ところが社会人が資格勉強の時間を捻出するには工夫が必要です。そこで福家さんをはじめ、働く子育て世代の多くは昼休みの15分、20分のすきま時間を使って、毎日少しずつITパスポートの勉強を続けていると言います。銀行で何が起きている?今、銀行業界で何が起きているのでしょう?「私が勤める銀行では今年の5月から、タブレット入力による窓口対応が始まりました。現金を扱う機械も大幅に減って、出納業務はバックヤードでの作業が中心になっています」。長い間、伝統的な業界である銀行で新しい技術の導入は難しいと考えられてきました。顧客の財産を扱う銀行業務はセキュリティが最優先。厳格な規制とコンプライアンスを守りながら、新しい技術を導入するのは時間とコストがかかるため、慎重な対応が求められてきたのです。しかし、その状況も変わりつつあります。迅速かつ効率的なデジタルサービスを提供するフィンテック企業が、従来の銀行に対する競争圧力を高めています。さらにデジタルネイティブ世代の台頭で、わざわざ銀行にいかなくても、スマホ一つあれば、送金や振替などの取引が簡単に取引できるオンラインバンキングやモバイルバンキングなどのデジタルサービスを期待する顧客が増えました。ブロックチェーンやクラウドコンピューティングといった技術の進歩に加えて、コロナ禍がデジタルサービスの拡充を加速させることになったのです。銀行業務のデジタル化は店舗の人員配置も変えつつあります。バックオフィス業務や営業に行員を集中させるため、数人の窓口担当と管理職1人の小規模店舗も増えました。社内キャリアチェンジで一般職から総合職へそんな変化のまっただ中にある銀行業界で、法人営業として活躍している福家さん。銀行の仕事に興味を持ったきっかけは何だったのでしょう?福家さんの就職活動は、リーマンショック直後の就職が難しい時期でした。メガバンクや地方銀行の総合職を志望していたものの、実際に内定をもらえたのは現在の銀行だけ。しかも一般職としてのスタートだったといいます。しばらく窓口業務を担当していましたが、仕事をするうちに「お客さまともっと深く関わりたい」と思うようになった福家さんは社内転職制度を活用して、総合職にキャリアチェンジしたそうです。金融の法人営業は人で勝負 だからおもしろい「法人営業のやりがいは、お客さまのニーズが人によって異なることです。相続税対策のニーズがあるお客さまもいれば、工場用地を探しているお客さまもいます。自分だけで解決できないときは、提携業者の方を連れていくこともありますね」。個人も法人も、これまで金融機関との取引をまったくしたことがないという人はいないでしょう。すでに取引がある中で新規の取引をしてもらうのは簡単なことではありません。新しく取引をしてくれるかどうかは、顧客ニーズを解決できるかどうかなのです。「相続税対策なら、税理士に税金を計算してもらった上で『こんだけ税金かかるから、対策しとかなあかんで』『よくわかったわ』ということがありました。工場用地のご相談では『こんなとこに工場用地出てるんやな。知らんかったわ。ありがとう』といった具合ですね。そんなふうにお客さまに喜んでもらえると、とてもうれしくなります」。育休から復帰したわけ2回の出産・育児休暇を取得した福家さんは2回ともフルタイムで復帰しました。出産・育児休暇中に転職やキャリアチェンジを考える女性も少なくありませんが、福家さんは銀行の法人営業に復帰することを選んでいます。それはどうしてでしょうか?「ハンター気質の私には営業という仕事が合っているのかもしれません。数値目標があって、それを自分で達成できると心が満たされていると感じます。金融のように形のないものの場合、お客さまが選ぶのは”人”だと思います。そこにおもしろさを感じますね」と福家さん。上司からは「お客さんの懐に入るのが上手い」と言われているという福家さん。言うべきことは言い、聞くべきことは聞く絶妙なバランス感覚が法人営業として評価される秘訣なのかもしれません。とはいえ、銀行業界で法人営業と言えば花形です。仕事と家庭を両立するために、どのような工夫をしているのでしょうか?夫、実母、職場のサポートで定時退勤「私は朝が早いので平日は8時に着席できるよう家を出ています。子どもの保育園の送りは、フレックス勤務で朝に余裕がある夫にお願いしています。その分、彼は夜が遅いので、保育園のお迎えは5時半に退勤する私の担当です。また夫は平日に休みがあるので、子どもの習い事の送迎も全部やってくれています」。平日の夕食は同居している福家さんの母が作ってくれるそうで、「甘えられるところには甘えています」と福家さん。家事や子育ての役割分担ができていることも福家さんのキャリアを後押ししています。福家さんが定時で退勤できるのは、職場のサポート体制にもありました。残業できないことを上司に伝え理解を得るとともに、外出中は内勤職員とチャットで密に連絡をとり、事務作業を効率化しているのです。女性が少ない銀行業界で管理職になる意味銀行の法人営業と言えば、男性のイメージを持っている人も多いのではないでしょうか。実際、福家さんが勤める支店では、法人営業16人のうち、女性は福家さん1人だそうです。しかし、子どもを持つ法人営業の女性が少ないからこそ、管理職になる意義があると福家さんは言います。男性社会では、飲み会と仕事はセットで語られることが多いもの。飲みにケーションで親睦を深める男性職員の中、飲み会に参加できる機会が少ない子育て中の福家さんは、あとで話をきいて疎外感を覚えることもあるそうです。しかし参加してみると、下ネタトークが繰り広げられることも。「私も女性なんですけど……」と心の中でつぶやいてしまうことも少なくありません。「でも、不満を口に出して女性と仕事するのはやりにくいと思われるのも嫌なんです。最近は慣れました」そう福家さんは明るく話します。「女性活躍」とうたっても、まだまだ銀行業界には閉鎖的な空気もあります。その空気に働く子育て女性の目線を入れて、多様な選択肢を用意したいと福家さんは考えているのです。働きやすさは人によって違うたとえば、「働きやすさ」という問題。福家さんが勤める地方銀行には、転居を伴う異動がある総合職フリーと、異動のない地域内総合職があります。社内転職で総合職フリーになった福家さんは、出産を機に地域内総合職に転換することになりました。「子どもがいるから転勤できない」というのは、ある種の決めつけかもしれません。「働き方の多様性に対する感覚が女性と男性では違うような気がしています。男性職員でも転勤したくないと考える人もいるはずです。子どもがいる女性だからではなく、男性も女性も働き方を選べるようにしていきたいですね」。そんな福家さんの趣味は海外旅行です。子どもたちが大きくなったら、友人家族と「一緒に行きたいね」と話しているのだとか。「知る人のいない場所での、スキューバダイビングやスカイダイビングがストレス発散になります」と笑顔で福家さんは話します。仕事もプライベートもエネルギッシュに過ごす福家さんには、働き方に変化を起こしたいという強い想いがありました。技術的(ハード)面でのDX化が加速する中、本当に求められているのは気持ちの面(ソフト)でのDX化なのでしょう。福家さんのような女性が管理職に就くことは、明るい兆しと言えそうです。(文:こざいともこ/写真:福家昌子さん提供)