コンクリートの灰色に混じって、散在する鮮やかな緑。都会の喧騒の中にある、小さなオアシスを目にしたことがある人は多いのではないでしょうか?屋上緑化は2000年代、環境への意識の高まりとともに注目を集めました。しかし近年、その勢いは落ち着きを見せています。それでも、都市が抱える様々な課題への解決策として、屋上緑化の可能性を追求し続ける人々がいます。「確かに、以前ほどの盛り上がりはありません。でも、だから今、屋上緑化の本当の価値を伝えていく必要があります」そう話すのは、共同カイテック株式会社の石原竜彰さん(以下、石原さん)。同社の環境事業部で屋上緑化の技術開発に携わる石原さんは、都市と自然の共生に情熱を注ぐエキスパートです。彼の視点を通じて、緑あふれる未来の都市像に迫ります。義務化で増えた屋上緑化のいま「2000年代、屋上緑化市場は右肩上がりでした。しかし、2009年頃のリーマンショックを境に、横ばいから右肩下がりの傾向に変わってきました」これまで、多くの屋上緑化は都市部の条例による義務化が主な導入理由となっていました。そのため屋上緑化のメンテナンスに消極的な顧客も少なくありません。「屋上緑化にはさまざまな可能性があります。ですから、もっと多くの人に興味を持って欲しいですね」と石原さんは言います。空調負荷の低減や断熱性の向上 …緑化の効果多くの人に興味を持ってもらいたいという屋上緑化には、どのような可能性があるのでしょうか。それについて石原さんは次のように説明します。「緑があることで建物の断熱性が高まり、空調負荷も低減されると考えられています。さらに人々の癒しの空間としての機能や、ヒートアイランド現象の緩和、生物多様性の維持、都市型洪水の防止など、屋上緑化には多くの効果があるとされています」しかし、断熱性の向上や空調負荷の低減といった屋上緑化の効果は、複数の要因が組み合わさることで生じることも少なくありません。建物の構造や、植物の種類や土壌の厚さ、気象条件や他の省エネ対策との組み合わせの有無によっても変化するため、屋上緑化の直接的なメリットを数値化して示すことは難しいそうです。「だからこそ、体験や肌感覚を通じて緑化の価値を伝えていく必要があると私は思うんです」。技術者なのに元文系 進路の転換点建築資材のメーカーである共同カイテックは、創業から70年以上にわたって人と社会に「快適テクノロジー」を提供してきました。石原さんが所属する環境事業部は、屋上緑化や壁面緑化などの都市緑化事業を展開しています。都市緑化への石原さんの関心は、高校時代に遡ります。建材資材メーカーの技術開発と言えば「理系」のイメージが強いかもしれません。しかし、意外にも石原さんは高校時代まで文系だったそうです。大学受験で自分の興味がどこにあるのか考え直した結果、環境問題に興味があることに気づき理系の道を選択したのでした。山口大学の農学部に進学した石原さんは、そこで環境問題の深刻さとそれに立ち向かう科学の可能性に目覚めます。大学では気象学を専攻し、ヒートアイランド現象や地球温暖化の影響について研究しました。山口県という比較的自然豊かな地域でも、ヒートアイランド現象や温暖化の影響が見られることに驚いたと話します。この経験が、後の屋上緑化への興味につながっていきました。屋上緑化は文理の垣根を超えるしかし、環境問題は単に緑を増やせばいいわけではありません。都市計画や建築、生態学など、様々な分野の知識を総合的に活用する必要があります。「屋上緑化の技術開発では、大学時代に培った学際的なアプローチが基盤になっています」と石原さん。この経験を踏まえ、石原さんは若い世代に次のようなアドバイスを送ります。「一見関係ないと思えることも、将来思わぬ形でつながることがあります。私の場合は文系から理系への転向が、今の仕事につながりました。可能性を狭めずに、幅広く学ぶことが大切だと思います」。体感する緑化 数値を超えて価値を伝える体験や肌感覚を通じた緑化の価値を伝えたい。そう考える石原さんは、屋上緑化の新しい形を模索しています。「緑を増やすだけでなく、緑がどのように人々の生活を豊かにするか、そこに焦点を当てていきたいんです。カフェを併設した屋上庭園や、生き物と触れ合える空間など、実際に人々が使って楽しめる緑化空間を増やしていきたいですね」また、屋上緑化は「ネイチャーポジティブ」や「グリーンインフラ」を中心的な概念とした第15回生物多様性条約国会議(COP15)とも密接に関連しています。2030年までに生物多様性の損失を食い止め、回復軌道に乗せるというCOP15の目標では、ビジネスセクターの参画が重視されました。今後、生物多様性に与える影響の開示や、都市におけるグリーンインフラの導入といったことが企業にも求められていくでしょう。屋上緑化はESG投資の観点からも屋上緑化は企業の環境への取り組みとして評価される傾向にあります。その効果を定量的に示すことができるよう、共同カイテックは千葉大学と共同で、製品のライフサイクルアセスメントや屋上緑化によってどれだけCO2を相殺できたかの研究を進めているところです。仕事と家庭 緑がつなぐ二つの世界石原さんの緑化への情熱は、家庭生活とも無関係ではありません。二人の子どもを持つ父親として、家族で自然の中での時間を過ごすことを大切にしています。「休みの日は子どもたちとキャンプに行ったり、川で泳いだりします。最近は秩父の山々によく出かけます。自然の中で過ごすことで、自分たちも生き物のひとつであること、そして『生きている』ことを感じてほしいんです」と石原さん。自宅では、屋上緑化の技術を活かしたDIYプロジェクトも進行中です。ソーラーパネルと蓄電池を組み合わせて、どれくらい自給自足できるか試したり、子どもたちと一緒に植物の世話をしたり、エネルギーの仕組みを学んだりしています。「自然の中で、子どもたちが目を輝かせる姿を見ると、屋上緑化の本当の価値が何なのか、改めて考えさせられます。どうすれば緑化された空間をもっと楽しく使えるかなど、子どもと一緒に考えることで、新しい視点が得られることもあります」。持続可能な社会とは?次世代につなぐ都市の姿を考える石原さんにとって、仕事は生活の糧以上の意味を持つもののようです。今後の目標については、どのように考えているのでしょうか。「持続可能な社会と自然との共存を目指す製品やビジネスモデルの開発に取り組んでいきたいです。同時に、緑化の価値をより多くの人に実感してもらえるような仕組みづくりも重要だと考えています。家庭では子どもと一緒に、もっと多くの自然体験をしていきたいですね。それが、仕事にも良い影響を与えてくれると信じています」。都市の中に自然を取り戻す—。それは、私たちの生活をより豊かにし、持続可能な未来への道を開くことにつながります。屋上緑化はその実現に向けた重要な一歩なのかもしれません。以前に比べると市場は落ち着いた今こそ、その本質的な価値を見直し、新たな可能性を探る時期に来ていると言えそうです。共同カイテック株式会社