健診で「問題なし」でも、尿もれやパートナーとの性生活に悩んでいる人は少なくありません。ニキビがあるとそれだけで憂鬱になるように、悩みがあると心がざわつきますよね。おしもの悩みは命に直結するものではないので、わざわざ人に話すことでもないと思っているMolecule読者も多いでしょう。しかし、放置は要注意。小さな悩みも積もり積もれば、前向きな気持ちをゆっくりと、しかし確実に削いでいきます。いま、女性の悩みに対応したさまざまな製品やサービスが登場しています。そうしたものを見て「みんな同じだから、大丈夫」と思う人もいるかもしれません。この状況に注意を呼びかけるのは、婦人科・小児科医の丸山真理子さん(以下、丸山先生)です。どういうことなのでしょう?4月9日の「子宮頸がんを予防する日」を機に、考えてみませんか。フェムテックの背景に「病気として治療できる時代」諸外国に比べて、日本人は自分の健康に意識が向いていないと言われています。特に女性は、自分より家族や仕事を優先してしまう人も多いでしょう。婦人科はハードルが高いイメージがありますが「私自身が妊娠・出産を経験した女性だからこそ、話しやすい環境をつくっていけると思うのです」と話すのは婦人科医の丸山先生。彼女は勤務医時代に、数多くの患者さんを見てきました。「もっと早くに来てくれていたら」と思うケースもめずらしくなかったと振り返ります。近年、フェムテックが話題です。フェムテックとは、女性が自分の身体に関心を持つ女性の健康を支える商品やサービスのこと。デリケートゾーン専用ソープや尿もれパッド、吸水性ショーツなど、テクノロジーを活用していないものもフェムテックの一部です。これまでは生理や更年期、性の悩みは「恥ずかしい」「がまんするもの」とされてきました。ところが、女性の社会進出や多様性が進むにつれて、女性の健康問題を放っておくことは、仕事や家庭にとっても大きな損失という受け止め方に変わってきています。丸山先生によると、フェムテックが受け入れられる背景には、病気の人が増えたわけではなく、病気として治療できる時代になってきたことがあるといいます。フェムテックで注目の骨盤底筋は悩み解消のカギ女性特有の悩み解消のカギとなるのが、骨盤底筋です。ハンモックのような形の骨盤底筋は、子宮や膀胱(ぼうこう)、腸などの臓器を支えています。尿もれは、この骨盤底筋がゆるむことで起こります。ひどくなると膣から内臓が落ちてくることもあります。これまで骨盤底筋の緩みに伴う症状は「年を取ったから仕方がない」と考えられてきました。手や足は意識して鍛えることができますが、骨盤底筋は意識なしに鍛えるのが難しい筋肉です。筋肉量の少ない人は何もしないでいると、年齢とともに筋肉が減る傾向にあります。「正常分娩の人に比べると帝王切開の人は、悩みは少ないかもしれません。けれど、一度でも妊娠したことのある人なら必ず、骨盤底筋は緩んでいます。」骨盤底筋のトレーニングが効くのは閉経まで「一度でも妊娠した人なら必ず、緩んでいる」ことも衝撃的ですが、丸山先生の口からはさらにショッキングな言葉が飛び出しました。「骨盤底筋に限らず、筋肉は若いうちにしか鍛えることができません。骨と同じように筋肉も、ホルモンが分泌されているときでないと効率的に鍛えられないんですね。」閉経後の女性は男性よりもホルモン量が減ります。そのため、閉経後に筋力アップをはかろうとしても、思うように筋力をつけるのは難しいでしょう。これは多くの女性が知っておきたい事実ではないでしょうか。「実感がないと鍛えるモチベーションにならないかもしれませんが、若いうちからちゃんと予防してもらいたいと考えています。」「みんな悩んでるから、大丈夫」ではない意識なしに鍛えるのは難しい骨盤底筋。どうすれば鍛えられるのでしょうか。最近では、骨盤底筋を鍛える医療機器が登場しています。手軽にできるトレーニングなら、座っているときに意識してみるのもよい方法です。排尿中に尿を止めることでも骨盤底筋は鍛えられます。フェムテックが広まるのはよいことです。その一方で、商品やサービスの存在は「みんな悩んでいるから、大丈夫」と思うことにつながる、と丸山先生は懸念を示します。「女性の悩みに向き合う商品やサービスがあることは否定しません。でも、決して健康な状態ではないことを知っていただければと思っています。詳しい検査が必要な症状もありますが、ちゃんと対処すれば女性の悩みはよくなります。たとえいま困ってなくても、20年後、30年後が変わりますよ。」フェムテックで自分の身体に興味を。気軽に受診できる婦人科とはいえ、明らかなトラブルがないのに病院に行っていいのかと感じる人も多いのではないでしょうか。丸山先生が心がけているのは、悩みを伝えやすい雰囲気をつくることです。別のことで来院した患者さんにも、「他に何か困っていることはありませんか?」と聞くようにしています。すると「彼氏とのセックスで悩んでいる」「自分の月経は重いのか」「尿もれすることがある」といった声が聞かれるそうです。そうした悩みで来院する人は少ないものの、ついでに聞くと実はそのほかの悩みを抱える人が多いことに気がつきました。コロナ前からオンライン診療を導入オンライン診療も丸山先生の工夫のひとつです。夜も診療するなど、日中忙しい働く子育て女性も気兼ねなく相談できる環境を整えました。コロナ禍を機に広まったオンライン診療は、丸山先生のクリニックでは2019年の開業時から対応しています。全診療に占めるオンライン診療の割合は20〜30%にもなるそうです。「オンライン診療は相談のきっかけに活用していただければと考えています。医師はさまざまな情報を元に診断しています。歩ける人か、顔色はどうか。こうした全身情報は、カメラ越しではわかりにくいので、診療科によってはオンライン診療が難しいこともあると思います。その点、婦人科はオンライン診療との相性がいい診療科ではないでしょうか」まずは気軽に受診して欲しい。そうした思いから丸山先生は現在の診療スタイルにたどりつきました。乳がん検診・子宮頸がん検診・小児科をワンストップで働く子育て女性が受診しやすい環境づくりは、オンライン診療だけではありません。丸山先生のクリニックでは、乳がん検診や子宮頸がん検診、そして小児科の診療もすべてワンストップで診てもらえます。あまり知られていませんが、実は乳がん検診と子宮頸がん検診は別の診療科です。しかし女性にかかわる検査を1日でできるようにすることが、忙しい働く子育て女性の健康を守ることにつながると考えました。「お母さんのことも、子どものことも一緒に診られるクリニックにすることで、どのライフステージの女性も相談できるようにしました。もちろん、専門的な検査や治療が必要なときはご紹介しますし、どの診療科に行けばいいかわからない方もまずはお越しください。」「自分らしく生きていく」に求められるヘルスリテラシー女性の健康づくりに使命感を持つ丸山先生は、2人の子を持つ母親でもあります。開業のきっかけは、自身のライフステージの変化でした。「開業医になって仕事の時間は長くなりました。でも、家族との時間が増えたことは、よい取捨選択だったと思っています。クリニックや他事業も夫と一緒に経営しているので、我が家は家族がずっと一緒です。家族で歩調を合わせて進めるこのスタイルは私たちに合っています。医師として女性が自分らしく過ごすために大事なことは、病気を治すことだけではないと思います。」医療と福祉と経済の面からサポートする日本女性財団の発起人でもある丸山先生。「女性の健康とリテラシーの向上に取り組んでいきたい」と強い意欲を示します。困ったときは専門家に相談してみることも、自分らしく生きていきたい私たちにとって、必要な心がけといえそうです。丸山先生のEASE女性のクリニック編集後記勤務医としての働き方も、ひとつの選択です。ところが仕事と家庭、人生全体のバランスを考えた上で、開業医という働き方を選んだ丸山先生。「自分であきらめるものを決められる」という言葉が印象的でした。今回のインタビューは、私の骨盤底筋に対する興味からはじまりました。ヨガが趣味なのである程度のことは知っていました。でも、筋肉を鍛えるには適切な時期があり、それを過ぎるといくらトレーニングしても筋肉がつかないとは思ってもみませんでした。この事実は、ぜひみんなに知ってもらいたいと思っています。自分らしく生きたいと願う女性こそ、仕事と健康の両方のリテラシーを身に着けていきたいですね!