「働くって、何だろう?」多くの人が、キャリアと家庭との間で揺れ動き、時には進むべき道を見失いそうになることがあります。特に子育て世代にとって、この問いは切実です。6月21日は、そんな「仕事もプライベートも一生懸命な日」ですが、まさにその両立に悩む人も少なくないでしょう。今回お話を伺ったのは、株式会社Your Patronum代表で、キャリア・組織開発のコンサルタントとして活躍する森数美保さん。森数さん自身、かつて「働く意味」を見失い、悩み抜いた経験を持つ一人です。その経験から見出した「ファミリーキャリア」という考え方は、先の見えない時代を生きる私たちに、新たな光を灯してくれます。この記事では、「やりたいことが分からない」と感じる私たちが、自信を持って次の一歩を踏み出すためのヒントを森数さんの言葉から探ります。「何者でもない自分」の不安。失って気づいた、働くということ森数さんのキャリアにおける最初の転機は、意外にも「仕事を辞めた時」でした。「1社目でマネージャーを経験し、やりがいを感じていました。しかし、第二子の出産を機に退職し、専業主婦になった途端、『社会との繋がりが断たれた』『自分の居場所がない』という強烈な感覚に襲われたんです」。この経験を通じて森数さんは、仕事が単なる収入源ではなく、社会における自分の存在価値を確かめるための大切な繋がりであったと痛感します。「どんな形であれ、働き続けよう」。そう心に誓った瞬間でした。その後、スタートアップ企業へ転職したことが、森数さんのキャリアを大きく動かします。スタートアップならではの環境で、採用だけでなく人事や労務など、いくつもの役割を一人でこなす日々。森数さん自身は、全ての業務に同じように力を注いでいたつもりでしたが、周囲から特に評価されたのが「採用」の仕事でした。「採用のプロだね」という思わぬフィードバックが、自分では気づかなかった新たな可能性の扉を開いてくれたのです。「やりたいことが明確でなくても、目の前のことに全力で取り組む中で、道は拓ける」。この経験が、森数さんのキャリア戦略の土台となっていきました。「やりたいことが分からない」のは、自然なこと森数さんの元には、「今の仕事は自分に向いているのか」「この先どうすればいいか分からない」といった、漠然とした不安を抱える相談者が後を絶ちません。その数は、相談者全体の約8割にものぼると言います。「学生時代と違い、社会人のキャリアには誰も明確なゴールを設定してくれません。だからこそ、自分で目標を見つけられず、立ち止まってしまうのは、ある意味で当然のことなのです」と森数さんは語ります。では、「やりたいこと」がすぐに見つからない私たちは、どうすれば良いのでしょうか。森数さんは、「やりたいことが見つかった時に、すぐ掴める準備をしておくことが重要」だとアドバイスします。森数さんはこれを「戦闘能力を上げる」と表現します。特定の目標(登る山)が決まっていなくても、どんな山にも対応できる体力と技術(スキルや経験)を磨いておく。そうすれば、魅力的な山に出会った時、臆することなく挑戦できるという考え方です。「目標からの逆算ではなく、経験を積む中で見える景色が変わった時に、進むべき道を選べばいい。焦る必要は全くありません」。男女ともに直面する、ライフステージとキャリアの壁キャリア形成は、本来誰にとっても簡単ではありません。特に子育て期は、自分一人の都合だけではキャリアを考えられなくなるため、その複雑さは増します。「以前は女性からの相談が中心でしたが、最近は男性からの相談も非常に増えています」と森数さんは指摘します。『妻から育休取得を勧められたが、キャリアにブランクが生まれることや、復帰後の居場所に不安がある』といった声も少なくありません。自分が抜けても仕事が回ることへの戸惑いを感じる方もいると言います。社会の変化に伴い、男女の役割分担は多様化しました。しかし、選択肢が増えた分、何が正解か分からなくなり、かえって悩みを深めてしまうケースも多いのです。このような状況に対し、森数さんは「何をするか(What)」から一度離れ、「どのような戦略(How)でキャリアを築くか」を考え直すことを提案しています。見通しが立つことで、人は安心し、次の一歩を踏み出しやすくなるからです。家族は一つのチーム。「ファミリーキャリア」で未来を築くこの課題を解決する鍵となるのが、「ファミリーキャリア」という考え方です。これは2018年にハーバード・ビジネス・レビューで提唱された概念で、森数さんは、これからの時代のキャリアを考える上で極めて重要だと考えています。「家族は一つのチームです。だからこそ、『今日のお迎えどうする?』といった目先の調整だけでなく、『自分にとって仕事とは何か』『家族としてどんな状態が心地よいか』といった、より本質的な対話を重ねることが何よりも大切になります」。夫婦や家族がそれぞれの価値観を深く理解し、共有すること。それによって、どちらか一方が我慢したり犠牲になったりするのではなく、家族全員が納得感を持って、それぞれの役割を全うできる未来を描くことができます。結婚や子どもの進学といったライフステージの節目で、家族としてのキャリアプランを話し合う。それは、変化の激しい時代を共に乗り越えていくための、コンパスを手に入れる作業とも言えるでしょう。中小企業の採用課題を解決する「コアスキル」の見極め個人や家族のキャリア観の変化は、企業、特に人材獲得競争が激化する中小企業に新たな視点を投げかけています。森数さんは、多くの中小企業が「自社に本当に必要な人材を定義しきれないまま、採用活動を行っている」と指摘します。募集要件には「営業経験〇年以上」といったスペックが並びがちですが、本当に見極めるべきは、その人が持つ本質的な「コアスキル」だと強調します。「『営業経験がある』という事実だけでは、その人の能力は分かりません。重要なのは、過去の経験の中で、どんな課題に直面し、どう乗り越え、どんな成果を出してきたのか。その具体的なプロセスにこそ、個人の真の強みや、組織で活躍できるポテンシャルが隠されています。面接では、経験の有無だけでなく、その奥にある思考のプロセスや行動特性を深く掘り下げることが、採用の成否を分けます」これは、自身の強みを見つけようとする個人のプロセスと重なります。過去の経験を丁寧に振り返り、自分がどんな状況で力を発揮し、何に喜びを感じたかという「事実」を客観的に分析すること。それが、自分だけの「コアスキル」を発見し、次の一歩を踏み出すための土台となるのです。失敗から学び、「選べる自分」になる森数さんのキャリア支援の根底には、「知らなかったから選べなかった、という状況をなくしたい」という強い想いがあります。「華々しい成功体験を真似るより、むしろ失敗のパターンを学び、それをどう避けるかを考える『守りの戦略』の方が、再現性が高く、着実に前進するための知恵となります」。最悪のシナリオを想定し、冷静に対策を講じる。それは、先の見えないキャリアの海を渡るための、羅針盤とも言えるでしょう。選択肢の多さは、時に私たちを悩ませます。しかし、それでも森数さんは「選択肢を持つこと」の価値を繰り返し訴えます。「『もうこの会社にしがみつくしかない』と話す方と、『他にも選択肢はあるけれど、私はこの仕事を選んでいます』と主体的に語る方とでは、表情もパフォーマンスも全く異なります。自ら選んでいるという納得感が、私たちに前向きなエネルギーを与えてくれるのです」。◇「やりたいことが見つからない」。その焦りや不安は、あなた一人だけのものではありません。まずは、これまで歩んできた道をじっくりと振り返ることから始めてみませんか。きっと、そこから新たな景色が見えてくるはずです。株式会社Your Patronum『「何者でもない自分」から抜け出すキャリア戦略』