「私自身のために作った制度もあるんです」そう語るのは、武蔵精密工業株式会社で人事企画管理グループに所属する森永あか里さん。3月8日の国際女性デーに合わせ、多様性を重視する企業の取り組みとして注目したい事例です。世界14か国・36拠点、約1万7000人の従業員を擁する同社のうち、日本国内で働くのは約2000人。グローバルな人材獲得競争が激化する中、性別や国籍を問わず、多様な人材が長く働きたいと思える環境づくりは、重要な経営戦略の一つとなっています。その中心を担う森永さんの言葉には、一人ひとりの想いに寄り添った制度づくりへの決意が込められていました。一人ひとりの可能性をひらく新卒入社以来、18年間人事の仕事に携わってきた森永さん。結婚、出産を経験する中で、多くの優秀な人材が環境の制約により十分に力を発揮できていない現実に直面してきました。「一人ひとりが持つ可能性を最大限に引き出すこと。そのためには、不必要な障壁を取り除き、誰もが成果を出せる環境を整えることが重要です」。その信念が、様々な制度改革の原動力となっています。グローバル企業としての責任と戦略少子高齢化に伴う日本の労働力人口の減少は、企業の採用活動をますます厳しいものにしています。武蔵精密工業でも、優秀な人材の確保と長期的な定着は経営の最重要課題です。そこで近年は視野を広げ、外国人材の積極的な採用にも力を入れています。「日本企業のダイバーシティは”女性活躍”に焦点が当たりがちですが、私たちにとって多様性の尊重は企業としての根幹をなすものです」と森永さん。その言葉を裏付ける施策の一つが、Prayer Roomの設置です。これは、イスラム教徒だけでなく、静かに祈りを捧げたい方や瞑想したい方など、心を落ち着ける時間を必要とするすべての社員が利用できる空間。その他にもハラル食の導入、日本人社員による日本語教室、外国籍社員による英語教室など、相互理解を深めるための様々な取り組みが、現場から自然発生的に生まれています。制度は、日々の経験から生まれる数々の制度改革の原点には、いつも具体的な課題がありました。「制度を作る側も、一人の人間です。日々の業務の中で、不便に感じること、改善したいと思うことがたくさんあります」。そう話す森永さんが最初に取り組んだのが、在宅勤務制度の導入でした。「子どもが熱を出した時、どうしても外せない仕事がありました。そんな時、自宅でも仕事ができれば、子どもの看病と仕事の両立ができるのではないか」。その切実な思いが、2017年制度化への第一歩となりました。また、学校行事のために半日や1日単位で有給休暇を取得しなければならない状況を改善しようと、時間単位での休暇取得を可能にする中抜け制度も提案。「制度は、単なるルールではなく、社員一人ひとりの可能性を開くための鍵なんです」と、森永さんは強調します。組織文化を育み、誰もが活躍できる場所へしかし「制度があっても、それを利用しやすい雰囲気がなければ意味がない」と森永さんは考えました。そこで森永さんは、制度の利用を促進するために、ワーキングマザーランチ会などのコミュニティづくりにも力を注ぐようになります。同じ立場の社員同士が、日ごろ抱える悩みや課題を共有し、互いに解決策を模索し合う、そんな温かい場を提供することで、安心して制度を利用できる組織文化を醸成しようとしています。育休から復帰した女性研究者が、神戸の理化学研究所で1か月間の専門性を高めるための研修に参加した事例も、その一環です。研修後は本社に戻り、新たな知見を活かして研究を続けています。「イレギュラーなケースだからこそ、会社として何ができるのかを丁寧に考える良い機会だと捉えています」。次なる挑戦。未来を描き、今を生きる現在、管理職約150人のうち女性はわずか5人。この数字を変えることが、森永さんの次なる目標です。「安心して働ける環境整備はできてきました。これからは、一人ひとりが望むキャリアの高みまで登れる組織にしていきたい」。その想いは、森永さん自身の日々の働き方にも反映されています。2人の小学生の子どもを育てながら仕事に打ち込む毎日。「仕事と家庭の両立は、決して簡単ではありません。子どもたちには寂しい思いをさせているかもしれません」。それでも、森永さんは前を向き続けています。「今、私たちが変化を起こさなければ、次の世代も、きっと同じ課題に直面することになるでしょう」だからこそ、目の前の仕事に全力で取り組み、働く母親としての背中を、子どもたちに見せることが、未来を変える力になると信じているのです。そのために、まずは、管理職を目指す女性社員を対象としたマインドセットの変革から、実践的な教育プログラムまで、包括的なキャリア支援を計画しています。制度を作る人事担当者としての経験を活かしながら、一歩ずつ、着実に前進を続けているのです。未来は、想いがつくる武蔵精密工業のダイバーシティ経営は、森永さんのような「当事者」の視点から生まれた制度と、グローバル企業としての戦略的な判断が調和した取り組みです。それは決して机上の空論ではなく、日々の暮らしの中から生まれた切実な願いと、企業としての持続的な成長を支える重要な投資なのです。一人ひとりの経験が制度となり、その制度が新たな可能性をひらく。性別も、国籍も、家族構成も異なる社員たちが、互いを理解し、支え合いながら、それぞれの夢に向かって歩める職場。そんな未来を、森永さんは日々の仕事を通じて実現しようとしています。武蔵精密工業株式会社