「英語よりも大切なのは、中身です」赤ちゃんの頃から英語を始めた方が良いと考えている人にとって衝撃的な言葉です。2020年以降、小学校で英語が必修化されたことも相まって、熱心に取り組んでいるMolecule(マレキュール)読者も多いのではないでしょうか。ところが「英語の早期教育は、必ずしもよいとは言えない」そう話す人がいます。子育て世代向けの英語教室を主宰する緒方広子さん(以下、緒方さん)。英語を学ぶより大切な中身とは何なのでしょうか。どうすればその中身を作ることができるのかをうかがいました。英語は「ツール」コンテンツは自分自身「英語は伝えるツールでしかありません。それよりも重要なのは、自分自身がどんな人間で、何が好きなのか。何をしたいのか。自分は何者なのかについて考えを持っていることです」そのために緒方さんが必要だというのが「体験」です。「体験」には実際に経験したことであるもの以外にも、親が生き生きと働くことや、楽しそうに学んでいる姿勢を見ることも含まれます。なぜ「学び」は必要なのでしょうか。緒方さんいわく、学びの効用は自分で調べて自分でできるようになることだと言います。これまでできなかったことが、学ぶことによってわかるようになることは、とても楽しいことですよね。そうしたこの積み重ねが、やがて「自分で人生の舵をとっている」という感覚を築いていくのだと思います。「子どもは親の背中を見て育つ」と言われますから、親が学び、わくわくしながら過ごすことは、子どもにとっても良い「体験」になるのです。「まずはやってみる」学びと実践の大切さなぜ、親の学びが大切だと考えるようになったのか。原点は緒方さん自身の幼少期にありました。会社員だった緒方さんの父は「できるだけ環境に負荷をかけない生活を」と考え、農業に転身。そして自ら農地を開拓し、豚やヤギを飼い、住む家も自分で建てました。すきまが空いていて、外気が直接家の中に入ってきたDIYの家の冬はとても寒かったそうです。出来栄えという点では、ハウスメーカーが建てた家とは比べものにならないでしょう。ところが緒方さんにとって、その家は「自分たちでできるのだ」という満足感そのものでした。未知なる英語の世界にワクワク両親の姿を見て、程度の差こそあれ、「学べば、できる」と実感した緒方さん。現在の英語教室につながる原点には、母親の影響がありました。ミュージカル映画「サウンド・オブ・ミュージック」の大ファンだった緒方さんの母。英語はほとんど話せないのに、主人公のマリアそっくりに歌う母の姿を、子どもながら「かっこいい」と感じたそうです。映画から英語に興味を持った緒方さんは、自分の知らない世界へのあこがれを抱くようになっていきました。英語と社会貢献がつながったそこで大学1年生からカナダに留学し、海外生活を体験しました。卒業後は「社会貢献できる企業」という理由でHIV予防薬に関する製薬会社に就職します。いつかはアフリカで生活してみたいという夢があった彼女はそこで約3年働いた後、青年海外協力隊へ。今度はアフリカのマラウィ共和国で、現地の青少年達へHIV/エイズの予防啓発を行う活動に取り組みました。青年海外協力隊の活動を通じて、緒方さんは自分自身を「日本人」ではなく、「地球に住む人間の一人」という幼少期からの感覚を新たにしました。帰国後に英語教室を開くことになったのは、友人の頼みがきっかけです。はじめからしっかりとしたコンセプトがあったわけではありません。しかし運営するうちに、緒方さん自身も英語が持つ異なるものを受け入れ、自分を表現しようとするコミュニケーションのスタイルに気づいていきます。英語を通して互いを知り、違いを受け入れる。それが「私がしたかった社会貢献にもつながるのでは」と考えるようになりました。英語で自分を見つける。世界が広がる緒方さんの英語教室に通う生徒の半数以上は、英語で失敗経験のある母親たち。「英語を学ばせたいと思うお母さんは、自分のトラウマを抱えている人が多いんです。自分が苦手意識を持っているお母さんは、せめて子どもは英語で苦労してほしくないと思っているのですね。そのような方には、あなたが英語を学んでいいんだよ、と伝えたいです」と緒方さん。10年英語を勉強しても話せない理由私たちは中学、高校、大学の10年間、英語を学んできました。2020年からは小学校での英語教育が必修化されたことで、英語に触れる時間は増えています。にもかかわらず、なぜ私たちは英語を話せないのでしょうか?ひとつは英語は、”言葉”に過ぎないということです。いくら言葉が上手になっても、表現する中身がなければ話せないという壁にぶつかります。もうひとつは、「完璧」を求める気持ちです。日本語を話しているとき、私たちは知らず知らずのうちに、日本的な発想で物事を考えています。「間違ってはいけない」「完璧な発音で話さなきゃ」そう思って、言葉が出てこない経験をしたことありませんか?ところが英語圏でのコミュニケーションは「あなたはどう思う?」「今のよかったね」という声掛けが日本語より多いのが特徴です。英語ネイティブではない私たちにとって、英語を話している時間は非日常の世界。英語を通じて異なる文化に触れている間は、表情や身振り手振りも変わっているかもしれません。使う言葉が変わると、新しい考え方や発想が生まれやすくなるのです。インプロのすごい効果「話せるかどうかは気持ちの問題」それに気づいた緒方さんは、インプロと呼ばれる即興で表現する手法を英語教室に取り入れています。これは演劇や音楽でよく使われる、直感で判断し、即興で表現する手法です。インプロは前もって準備ができません。その場で状況を判断し、表現することを繰り返すうち、変化に対してポジティブに受け止められるようになるといいます。「デタラメでもいい。話してみよう」「通じた!」という経験を繰り返すことで、自分と他人の感性の違いを認め合うことができるようになり、自信も生まれます。コミュニケーションは一人ではできません。表現は外に向かうように見えて、自分を知るきっかけでもあります。そしてその手段として、英語があると緒方さんは考えているのです。英語で自分の人生を生きる人を増やしたい今後、緒方さんは英語教室を子育て世代が活躍できるコミュニティの場にしたいと考えています。「まずは、好きなことをしたいと考える親を応援したいです。そして、親だけでなく子どもも、いきいきと生きられるコミュニティを増やして、自分の人生を生きる人を増やしたいです」と話します。両親から好奇心を持って行動すること、そして失敗も含めた「生きる力」を学んだ緒方さん。幼少期からの体験を積み重ねてきたことで、自信がつき、行動も広がりました。「自分でやることは、大変なことも、失敗もあります。だけど、人生の舵を自分で取る生き方が楽しいし、そっちの方が絶対面白い」と、緒方さんは笑いました。知らないことを知ること。何でもまずは自分でやってみること。とても大事なことなのに、私達は年を重ねる毎に新しいことを避け、守りに入る傾向があります。知的好奇心は、学ぶことの本質であるといえるでしょう。誰もが失敗はしたくないと思うものですが、やってみた後の体験は、自分だけのものです。緒方さんの言葉から、自分の気持ちに蓋をせず、まずはやってみようと思えました。子どもから「なんだか楽しそう!」と思われる大人になりたいですね。子育て世代の英語教室「教えてママ」