
「助けて」言える?働く子育て世代の ”受援力” の育て方
2024/6/12
さまざまな場面で感じる「女性が子育てしながら働くこと」の大変さ。「女性だけがなぜ」と感じる人もいるでしょう。「私は頑張らなければならない」と考える人もいるかもしれません。
以前と比べて、働きながら子育てする女性のサポートは増えつつあります。しかしながら、子育て女性の生きづらさを解消するまでには至っていないのが現状です。
大原康子さんは、自身の経験を通してシングルマザーをはじめとした子育て女性への包括的な支援に関わっています。支援には支援を受ける側の「受援力」が大切だといいます。
なぜ包括的な支援が必要なのか。「受援力」とはどういったものか。大原さんのストーリーから考えてみましょう。
突然シングルマザーに 子育て女性の働きづらさ

2015年のある日のこと。大原さんのご主人は「いってきます」と家を出た後、事故に遭い帰らぬ人となりました。
当時、大原さんは専業主婦でしたが、突然3人の子を持つシングルマザーになりました。「何とか子どもたちを育て上げねば」という一心で、働きに出るために保育園探しをはじめましたが、入れる保育園が見つからず、仕方なく、在宅で働くフリーランスの道を選択しました。
これまでは「女性だから」という理由で働きにくさを感じたことはなかったという大原さん。ところがシングルになってはじめて女性が子育てしながら働くことの大変さを実感したそうです。
毎日仕事をしながら、子どもたちの食事を準備し、暖かい布団で寝かせることはなんと大変なことか。
このとき感じた「働く女性が子どもを育てることの大変さ」が、いまの大原さんの仕事につながっています。
「食べる、暮らす、働く」を包括的に支援する
現在、大原さんはシングルマザーを中心に、働く母親を幅広く支援する活動をしています。
「ともに働く、ともに暮らす」をテーマにした株式会社ルータスワークスと、「シングルマザーの生き方・暮らし方・働き方の応援団」をテーマにした社団法人ルータスを運営し、包括的な支援を実現しようとしているのです。
地域の人たちとつながる食事の場
社団法人ルータスでは、毎週水曜日に、東京都世田谷区で「ルー飯(ルーハン)」という夕食を提供するサービスを展開しています。
メニューを考えているのは大原さん自身。旬の食材を生かすことと、栄養バランスを意識して献立を決めているとのことです。
夕食サービスを提供する理由について、次のように彼女は話します。
「毎日ご飯をつくるのは大仕事。特に仕事の後に買い物をして、ご飯を作り、後片付けをする晩ごはんは、働く母親にとって大きな負担です。晩ごはんを作らなくていいとなれば、心に余裕が生まれます。母親に気持ちの余裕と時間ができれば、子どもたちとゆっくり会話をしたり、遊んだりすることもできますしね。また、同じように子育てをする家族同士が集い、会話が生まれることで気持ちが軽くなることもあります。母親たちの心身の負担を減らして、親子の時間を持ってもらいたい、ルー飯にはそんな想いがあります。」

ルー飯の時間には、地域の子育て世帯が集い、育児の悩みを話したり、仕事の愚痴をこぼしたりしながら交流をはかっています。中には、シングルマザーの方もいて、母子世帯ならではの相談を受けることもあります。
子育ての負担は食事だけではありません。
特にシングルマザーにとっては、人手不足や孤立も大きな負担になっています。こうした課題を「ともに暮らす」ことで解決していきたいという想いで大原さんは今、コレクティブハウスを構想しています。
食事はもちろんのこと「つながり」を生む地域密着のサービスに、助けられている人も少なくありません。場の共有や食の共有を通して、「昔の町内会」のような支え合える暮らしを目指しているのです。
スキルを持つ子育て中のワーカーとチームで働く
在宅で働く女性たちによる制作会社の株式会社ルータスワークには、デザインやコーディング、ライティングなどのスキルをもつ子育て中のワーカーが所属。案件ごとにチームを組み、仕事を進めています。シングルマザーのメンバーも増えつつあります。
大原さん自身は営業やディレクションを中心にしていますが、自身でライティングをすることもあり、業務は多岐に及んでいます。
なぜ包括的な支援が必要なのか

ところで、食事や家といった限定的な支援ではなく、なぜ包括的な支援が必要なのでしょうか。
「子どもを育てながら働く上で、ワークとライフは切り離せないと思う」と大原さんは話します。子育て支援金を受け取っても、受給が途絶えると元通りになってしまっては根本的な問題解決とは言えないでしょう。
ワークとライフを行ったり来たりするのが、子育て世代の現実である以上、どちらか一方だけの支援では十分とはいえないと考えているそうです。
シングルは児童扶養手当を受け取ることができますが、所得制限があるため働くことを躊躇してしまう人もいると言います。
「手当はもちろんありがたいものですが、母親たちの未来を考えれば、仕事を持ち、働き続けることが大切だと思うのです。仕事は収入をもたらすだけでなく、必ず誰かのためになり、喜ばれ、感謝されるものです。社会に参画し、他者と感謝し合いながら生きていくことは、人生における幸福の一つであり、生きがいだと思います。ただ、さまざまな背景から働きづらい状況にある方も多くいらっしゃいます。ですから、理想とする働き方を一緒に考えたり、暮らしや食のサポートをしたりするなど、包括的に支援することで、一人一人が望む人生を歩むお手伝いができるのではないかと考えています」
さまざまな事情を抱えたシングルマザーの方々と一緒に考えながら、自立・自律した未来を描くお手伝いがしたいと大原さんは考えています。
「受援力」とは?助けをポジティブにとらえる
働きながらの子育ては時間や気力との戦いです。
「残業でお迎えに間に合わない」「晩ごはんをつくる気力がない」なんてことは日常茶飯事です。そんなとき、さっと手を差し伸べてくれる人やコミュニティがあったらどんなに助かるでしょうか。
しかし、ここで問題となるのは、「支援を受ける=悪い」と感じる人がいる点です。大原さんは、援助を受ける力のことである「受援力」が大切だといいます。
私たちの中には、「人に迷惑をかけてはいけない」とか「助けを求めるのはよくない」など「支援」に対してネガティブなイメージを持っている人もいるでしょう。
けれども、「助けて」と声をあげるのは悪いことではありません。むしろ、未来のために必要なケースも多いのです。
助けてもらうことをポジティブにとらえ、「受援力」を発揮することこそ、幸せになるための近道と言えそうです。
「”助けて”とSOSを出し、支援を受けることは生きる上でとても大切なスキルです。私は性善説を信じていて、基本的に人は優しいものだと思っています。ですから、困ったことがあるときは、大きな声を出して頼る、甘えることをしています。反対に、誰かが困っているときは、自分が助ける側に回ればいい。そうやって、他者を信じて助け合って生きていくことが豊かな人生だと思っています」
そう大原さんは言います。ちなみに、受援力については医師の吉田穂波さんの本を読んで学んだのだとか。
人とのつながりが「助けて」を言いやすくする

大原さんは、人とのつながりを意識して、つながった縁を大切にしているそうです。つながりの作り方はさまざまで、オン・オフのコミュニティや興味のある勉強会には積極的に参加しています。
過去に大原さんは、地域の広報誌で見つけた集まりに参加したことがあります。その集まりがきっかけとなり、地域の人とのつながりを持つ経験をしてきました。
地域の人とつながりを持つ方法として、地域コミュニティの集まりに参加するのもいいでしょう。
つながりができれば、「助けてほしい」といいやすくなります。自分のために、子どものために、つながりを意識して生活するのも重要なのかもしれません。
人生はいつからでも何度でもやり直せる
人とのつながりを大切にしながら、日々シングルマザーや働く母親のために活動を継続している大原さんに、これからの展望をうかがいました。
「包括的な支援のために、まずは構想中のコレクティブハウスを実現化していきたいです。それから、”働くための学びの機会”をつくっていきたいですね。復職や副職を希望する方々が、働くためのスキルを身につけ、自立・自律するためのサポートです。私自身も2019年に学び直しで大学院に入り、そこからたくさんの人に助けられて起業しました。シングルになってから、多くの人に助けられ、支えられていることに改めて気がついたといってもいいかもしれせん。人生はいつからでも、何度でもやり直せます。気がついたその日がスタートの日です。それぞれが望む人生を描くために、支え合い、一緒に頑張れたら」
そういって大原さんはにっこり笑いました。
就労支援より広い文脈での支援は、働く子育て世代が抱える難しさの解決につながるに違いありません。
シングルでない人にとっても、受援力の考え方は参考になるはずです。どんなに難しい状況でも、「受援力」を使って自分らしい働き方暮らし方に近づいていきたいですね。
(文:但住奈都貴/写真:大原康子さん提供)
Writer Profile
国税局で13年間働いていたが、2021年に退局し新たな道へ。現在は5歳の子どもを育てながら、ライター/お金のおはなし会講師(セミナー講師)/スナックのママ/など、自分がワクワクすることは何でもチャレンジしてみる精神で活動中。
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