SDGsの注目とともに、近年は服飾業界でも「お直し」の需要が高まっています。「SDGs」といえば、世の中のためにいいことをしているというイメージが強くあるかもしれません。「お直し」の魅力に惹かれた大山愛美さん(以下、大山さん)は、衣服の仕立て直し業Coatolieを経営。現在では5店舗を運営し、今では縫製技術者の育成や海外支援など幅広い活動をしています。彼女にとって縫製は「好きなこと」。誰かのためにやっているという気負いはありません。しかし彼女のように「好きなこと」を仕事にできている人は少数派でしょう。どうすれば「好き」を仕事にできるのでしょうか。ミシンと共に育ち服飾業界へ祖母の影響で縫製士になった大山さんは、ミシンの音と共に育ちました。小学生の頃には、祖母に教わりながらフェルトのぬいぐるみを縫っていたと言います。早くから自分の好きなことを自覚し、それを仕事にしようと思ってきた大山さん。迷いなく服飾系の高校に進学することを選択しました。卒業後はアパレルブランドやブライダル業界など、服を生み出す世界で活躍してきました。服のどこに、それほどの魅力を感じているのでしょうか。「一枚の布が少しずつ形になっていくのが好きです。根本にあるのは洋服が好きということ。お直しのときも、このブランドは初めて見るなとか、この服の作りは面白いなとか、そういったところを間近で見られるのが楽しいです」顧客とのやりとりでお直しのとりこに大山さんがお直し業界へ足を踏み入れたのは30歳のとき。結婚・出産を経験し、たまたま見つけたのが「お直し」で全国展開しているフランチャイズチェーンの求人でした。最初からお直しを楽しいとは思えなかった、という大山さん。「技術が伴っていなかったせいです。お直しは学校では教えてくれません。大切に受け継がれてきた服の多くは、今の服の作り方とは違います。作り方が違うので、どうやってお直しするのかという葛藤もありました」。顧客からの要望があっても技術力が伴わず、応えられないことも少なくなかったそうです。どうしていいかわからないときは、ベテランに「教えてください」と頭を下げて学びを深めたこともありました。解いたものを元の形に組み立て直すことを繰り返して、少しずつお直しの知識を深めていったそうです。そのようにして顧客と接する中で、少しずつ「お直しの前より、着心地が良くなった」といった声をもらう機会が増えていきました。作業に触れ、顧客の要望を叶えるうち、大山さんはお直しの魅力に気づいていったのです。直せば着られる。新たな選択肢ところで「お直し」の魅力は、どんなところにあるのでしょう?日本では「お直し」サービスは、時間や経済的に余裕のある人のためのものといったイメージがあるように思います。古くなったり破れてしまったりした服は、新しいものに交換した方が、安くて簡単と感じる人も多いでしょう。「服に込められた思いをつないでいく。お直しの魅力はそれが第一です。一着の服を、一生着続けていただくことが理想ですね」。洋服と違い、着物は体型が変わっても着続けることができます。元々日本人には、ものを大切にする文化が備わっているのです。大山さんによると、最近は若い人からの相談も増えているとか。お直しで変わるモノの扱い方大山さんにとって印象的だったのは、高校生の子が部活で着ていたジャージのお直しを依頼されたことでした。「膝を直したら、今まで洗濯機にポンっとそのまま入れていたジャージを、ネットに入れるようになった、とお母様が教えてくれました。きれいになったら着続けたいと思ってくれたらしいのです。その後、同じ部活の子もお直しに出してくれて。価値観を共有できたのが嬉しかったです」。体型が変わったり、破れたりしたものも直せば着続けられる。そんな選択肢があることを知るだけで、私達の暮らし方は変わるのかもしれません。長女の一言ではじめた未来への活動最近は講演活動にも力を入れている大山さん。就労支援施設のワークショップで縫製技術を教える取り組みもしています。縫製はどこでも、誰でもできる仕事。国も性別も関係なく、言葉が通じなくてもできる。そのことに気づいたのは、長女のある言葉だったそう。「ママのお仕事ってどこの国でもできるよね」この一言をきかっけに、海外での技術支援に積極的に関わるようになりました。世の中には教育を受けられない人もいます。縫製をきっかけに1人でも多く人が幸せに暮らす手助けをしたいと大山さんは考えているのです。忙しいから大切な人との時間を作るパワフルに活動するからこそ、家族との時間を大切にすると話す大山さん。2人の子どもに対しては、1人の人間として尊敬もしているそうです。親として「何を経験させてあげられるのか、きっかけをどれだけ与えられているか」に重点を置いています。習い事の送り迎えや休日の外出など、一緒に過ごす時間には意識して子どもたちの話を聞く時間を作るほか、出張の際には子どもも連れていく、と話していました。「特別なことをする必要はないと考えていますが、”宇宙一の理解者だよ”とは伝えていますね。子どもにとって弱音をはける相手がいるというだけでも全然違うと思います」。子どもたちに何を残せるのかを考えているという大山さん。それは自身の子どもに限りません。お直しの仕事や、縫製技術を伝える活動も、次の世代とリンクしているのです。自分の「好き」と「誰かのため」は両立できる人のためになるから、仕事。自分の好きなことと仕事は両立しない。このように思っている人は多いのではないでしょうか。ところが、大山さんを見ていると「好きなこと」と「誰かのため」は決して遠く離れたものではないと感じます。ただそれを両立するには、何のために今それをやっているのかという視点が欠かせないでしょう。「自分にはやりたいことがない」そんな思いが強い人は外に答えを求めるのではなく、自分の内側とじっくり向き合ってみるといいかもしれません。自分の「好き」と「誰かのため」の仕事はリンクさせられるのです。大山さんが経営するCoatolie(コアトリエ)