「選択できる自由は、よいことのように思えるけれど、それは選択しなければならないということでもある」そう話すのは、エネルギー会社で働く佐藤潤子さん(以下、佐藤さん)。今、フリーランスや個人事業主を選択する人が増えています。「自分らしさ」が重視されるいま、1つの組織に長く勤める働き方は「自分らしさ」と対極にある。そのように思えるかもしれません。そんな中、佐藤さんは1つの会社に長年勤めながら、自分らしいキャリアを作ってきた女性です。夏の省エネ月間の7月は、エネルギー会社で働く佐藤さんのストーリーを通して、多種多様な選択肢のある現代で自分らしく生きるヒントをお届けします。エネルギー会社に30年 ライフデザインとの出会い現在、エネルギー会社の内部監査室に所属する佐藤さん。内部監査とは、組織の経営管理や業務の運営が効果的・効率的に行われているかをチェックし、改善へ導く仕事ですが、社内では嫌がられる部署だそう。でも、佐藤さんはやりがいを感じながら働いています。「内部監査の理想は、社内のアドバイザーやコンサルタントのようなものです。社内での問題を未然に防ぎ、組織をよりよくするための部署でもあります。厄介者のように言われることもありますが、お客さまから選ばれる会社になるために必要な仕事(視点)であり、人生100年と考えれば、次のステップにもつながると感じています」約30年の時間をかけ、1つの会社で自分らしいキャリアを作ってきた佐藤さん。最近は、社内外でライフデザインの講師を務めることもあります。彼女のキャリアの出発点は、どのようなものだったのでしょうか?都市計画専攻の学生がエネルギー会社を選んだ理由「まちづくり」に関わる仕事がしたい。そう考えた佐藤さんが就職したのは、建設会社や不動産関連の会社ではなく、エネルギー会社でした。父親の影響を受け環境問題に興味を持った佐藤さんは、大学で都市計画について学びました。都市計画には建物を作るだけでなく、交通や自然環境の保護やエネルギーインフラの効率的な利用など、さまざまな要素が含まれています。そんな中「街に必要不可欠なのは、エネルギーだ」と考えた佐藤さん。当時はオール電化が普及し始めた頃で、入社してしばらくはオール電化を推進する仕事や電気料金を計算する仕事をしていました。入社当時は「自分のキャリアをデザインする」という意識はほとんどなかったそうです。20代は育児に、30代は仕事に奮闘ところが入社して1年目のある日、佐藤さんの意識が変わります。きっかけは先輩のひと言でした。「仕事は30歳からおもしろくなる」子どもがいるにぎやかな家庭も欲しいけれど、仕事がおもしろくなるタイミングも逃したくない。そう考えた佐藤さんは「30歳までに3人の子どもを出産して家庭の基盤をつくる」と決めました。入社2年目で学生時代の先輩と結婚。流産も経験しましたが、数年の間に3人を出産したため、佐藤さんの20代は家庭に軸足を置いたものだったそうです。「20代は家庭に軸足を置いた分、30代後半からは仕事にフォーカスしました。当時はまだ、同居の親なしで3人の子どもを育てながら働き続けている女性社員はおらず、その壁をブレイクスルーしたい気持ちもあったかもしれません」福島出身の佐藤さんは、実家のサポートを得ることは難しい状況でした。共働きだった佐藤さん夫妻は会社や自治体の支援制度をフルに活用し、保育園や近所の人の助けを借りることで、なんとか20代、30代を乗り切ったといいます。転機は3.11 社員の働きがい・幸福度を考え始めるそれまでの働きが認められた佐藤さんが、本社のお客さま相談室に異動したのは30代後半に差し掛かった頃。佐藤さんは自身について、次のように話します。「潤子の潤は潤滑油の“潤”なんです。どの部署にいても、潤滑油のような役目をさせていただいていたように思います」佐藤さんがその思いを強くしたのは、2011年の東日本大震災でした。震災の影響で、社員のモチベーションが大きく下がり、離職者も相次いだといいます。そんなときだからこそ、社員が前を向ける環境を作りたい。そう考えていた矢先に佐藤さんは、人事部に異動となったことで社員の働きがいや幸福度を高める工夫を始めました。「社員の働きがいや幸福度を向上させると、企業の労働生産性は1.3倍、創造性は3倍になるといわれています。それが結果として、社会の信頼を取り戻すことにつながるのではないでしょうか。半径5メートルの人が笑顔で働くためには、私に何ができるのか。それを意識してきました」「人の良いところ」に気づくのが得意な佐藤さんにとって、人事部の仕事はとてもやりがいのあるものでした。「私は仕事ができない」学び直しに経営大学院へ組織の一員である以上、どこの部署に配属されるかは組織が決めるもの。異動希望を出すにしても、どこに希望を出せばよいかわからない。そう感じている人も多いでしょう。30代以降の佐藤さんは、自分がやりたいことと会社にどう貢献できるかを考え、希望を出してきました。そしてある日、経営企画部に配属されることに。ところが、すぐに佐藤さんは「仕事ができない自分」に気づきました。主に顧客対応を中心にしてきた佐藤さんにとって、経営企画部で飛び交う言葉も、仕事の仕方も未知のものだったからです。仕事をするための知識が不足していることに気づいた彼女は私費で、経営大学院で学ぶことを選びます。人生の正解はひとつじゃない平日の夜と土日を利用し、約3年半かけて経営大学院を卒業した佐藤さん。経営大学院のよさはどのようなところにあるのでしょうか?知識やスキルを学べたことは経営大学院のよさではありますが、佐藤さんにとってそれ以上に価値があったのは「人生の正解はひとつじゃない」と気づけたことだったそうです。私たちは将来の選択肢を増やすために、進学先や就職先を選んでいるつもりになっていますがその実、選択肢は狭まっているのかもしれません。意識しなければ、出会う人のバリエーションは狭まっていくのが一般的でしょう。しかし、経営大学院で異なるバックグラウンドを持つ人に出会ったおかげで、自分自身が人生を「就職」「結婚」「出産」という単線ルートで考えていたことに、佐藤さんは気がついたのです。そして、人生には「選択の自由」がある一方で、「選択」をし続けることは思っている以上に大変なものだ、と思うようになったといいます。仕事もプライベートもワクワクする方を選ぶ私たちは、選択肢があることはよいことだと考えています。しかし、選択肢がありすぎるのも考えものです。たとえば、結婚するのかしないのか、子どもを持つのか持たないのか、子どもが生まれても働き続けるのか、子どもは何人持つのか、今の仕事はいつまで続けるのかなど。身近なところでは、今日の夕飯は肉にするのか魚にするのかといったこともそうですね。一方を選べば、他方の選択肢を捨てることになります。ときには選択し続けることに、困難を伴ったり、疲れたりすることもあるはずです。そんなとき、どのように考えればよいのでしょうか。佐藤さんは次のように話します。「私は迷ったとき、ワクワクする方を選ぶようにしています。仕事は、自分という人間を構成する要素のひとつでしかありません。だから仕事にとらわれすぎなくてもいいと思いますね。未来を見据えて、自分が何を成し遂げたいのかを、しっかり持っていることが大切なのです。」仕事がおもしろくなるタイミングと、子育てが同時期にやってくる今の働く子育て世代。ライフもワークも「どちらも両立したい!」と私たちは思ってしまいますが、一度に真剣に取り組めることの数は限られているもの。だからこそ「何を成し遂げたいのか」を持ち、迷ったときは「ワクワクする方」を選ぶのがいいのかもしれませんね。会社員経験を活かし故郷との懸け橋になる周囲に嫌がられることも多いけれど、内部監査の仕事を「とても充実しています」と語る佐藤さん。彼女に今後の展望を聞きました。「内部監査の仕事は続けていきたいと思う一方で、他のことをしたいという気持ちもあります。大学時代に都市交通研究室にいたこともあり、今も休日は乗り物に乗って旅をするのが大好きです。地方の街の良いところを見つけて発信するような、地域に貢献できる仕事ができるといいなと思っています。私の故郷には日本酒や秘湯など素敵なものもたくさんあるので、それを伝えていけたらいいですね」「自分の生き方が誰かの役に立てたら」と話してくれた佐藤さんの笑顔が輝いていました。多くの選択肢がある時代に自分らしくいるのはつらいときもあるかもしれませんが、会社員でもフリーランスでも、意思のあるところに道は開かれると感じました。(文:但住奈都貴/写真:佐藤潤子さん提供)