「夫婦のうち、片方が夢を叶えるため定期的に海外へ。片方はほぼワンオペで育児をしながら留守を守る」―そんなケースを聞くと、私たちは無意識のうちに「夫が海外、妻が育児」とイメージしがちです。しかし、真逆の家庭もあります。PRプランナー・澤田知之さん(以下、サワディーさん)の妻は、岡嶋かな多さん。著名な作詞作曲家です。自ら夫妻を「天才の妻と、平凡な夫」と言い切るサワディーさんは「妻の活躍を特等席で応援し続けたい」と、徹底して妻をサポートしています。妻が海外に行きたいと言ったときも、「え?海外?子どもどうすんだよ?」とはならなかったそう。むしろ楽しみながら育児と家事を引き受けています。しかし、そこに至るまでにはたくさんの「葛藤」と「対話」がありました。収入、肩書、人脈……どれをとっても妻に敵わなかった天才の妻と共にいることに、「葛藤はめちゃくちゃありました」と話すサワディーさん。特に交際開始から3ヶ月ほどは辛いと感じることもあったといいます。妻・かな多さんはミュージックシーンで圧倒的な実績のある作詞作曲家。BTS(「Crystal Snow」)、NiziU(「Need U」)、安室奈美恵(「Show Me What You've Got」)など多数のアーティストに楽曲を提供し、オリコン1位の獲得は140回を越えています。付き合った当初、有名人とフランクに接するかな多さんを見て、当時会社員だったサワディーさんは、圧倒的な彼女の存在と何者でもなかった自分を比べて、苦しい思いをしたこともありました。しかし、「そもそも、彼女に勝る存在であったり、彼女を守ったりする必要はあるのか?彼女はそれを望んでいるのか?」と考えるようになったのだといいます。彼女はこんなにも楽しく仕事をし、結果も出している。笑顔にしている人の数は桁違いで、社会が必要としている存在なのだ―そう思い至り、「“彼女の活躍を特等席で応援したい”という心のプリンシパル(原理・原則)がカチっとハマりました」。この発想の柔軟さや器の大きさは、サワディーさんのたどってきた人生に関係しています。変化すればするほど、人は優しくなれる実は、サワディーさんはそれまでに14回もの転職を経験しています。「ポジティブな転職ばかりではありませんでした。むしろつらいことから逃げるための転職もありました」。胸を張れる転職ばかりではなかったというサワディーさんは、変化を重ねるごとに、色々な立場の人の気持ちが想像できるようになり、より優しくなれたといいます。自分が大切にしたいもののためには変化をいとわない。サワディーさんのこの姿勢が、「平凡な夫」としての生き方を方向づけたのだといえるでしょう。サワディーさんが現在のPRの世界に興味を抱いたのはアパレル関連の仕事をしていたとき。ものづくりに携わる人が十分な対価や評価を得られないことを肌で感じて「生産者と消費者をつなぐことがしたい」と思い立ち、26歳でPR会社に転職。入社後に参加した講座で友人を介して知り合ったのが、かな多さんだったのです。妻かな多さんと出会ってからのサワディーさんは、今まで自分が持っていた常識とは違う世界線を生きている彼女の存在にとまどうこともありました。しかし第一線で活躍する彼女と共にした時間は、自分自身のあり方や考え方を変化させていくきっかけにもなったのです。「でもこれは人間として当たり前のこと。起きていることをネガティブに捉えるよりも、“これが自分のアイデンティティなんだ”と考えるようにしたのです」。変化の可能性や面白さを原体験として知っているのもサワディーさんの強みだといえるでしょう。「80億分の1の相手」と、対話しないでどうするの?「意欲と才能あふれる妻に、子どもがきっかけで仕事をセーブしてほしくない。それなら、僕が時間の融通がきく働き方をすればいいのでは?」と考えたサワディーさんは、PR会社の役員からフリーランスに転身。身近に相談できる人もいない中での決断です。苦しさや不安を一人で抱え込まず、常に夫婦で対話しながら最適解を見つけていくしかありませんでした。サワディーさん夫妻を語る上で欠かせないのが「対話」というキーワードです。対話の重要性はわかっていても、忙しい日々の中、いざパートナーと話すとなるとめんどうに感じてしまう―そんな人も多いのではないでしょうか。それについて、サワディーさんはこのように言っています。「世界に80億人もいる中で一緒になった間柄です。絶対に惹かれ合った部分があるんだし、また違うところもある。一つのものを見た時に相手がどう感じたのか、興味をもってどんどん聞いていけばいい」生き方の決断という大きなテーマだけでなく、あらゆることについて話し、コミュニケーションをとっているのです。移り変わる夫婦の関係も楽しむ「移動型子育て」サワディーさん夫妻には、2020年生まれ・2022年生まれの2人の子どもがいます。小さな子どもがいると、夫婦でじっくり話す時間はなかなか取りづらいもの。いつしか夫婦というよりは「父」と「母」に過ぎない関係になってしまい、気がつけば話題は子どものことくらい……そんなケースが多いのではないでしょうか。でも、サワディーさん夫婦の場合は子どもがいるからこそ生まれる2人の関係を大事にしています。恋人から夫婦、そして親へ。関係性においても、「家族みんなを巻き込むこと」を大事にし、変化を楽しんでいるのです。今のサワディー家は、子どもが真ん中。夫婦でその時間を味わい、感動を共有しています。そのひとつのかたちが、東京を拠点にしながら、夫婦の時間に余裕がある時にキャンピングカーで移動しながら子育てをする「移動型子育て」という試みです。このスタイルを考えついたのは第一子の妊娠中のとき。「子どもが生まれると家に縛られてしまい、色々な場所へのアクセスやたくさんの人との交流はしづらくなる」。誰もがそう考えるのではないでしょうか。サワディーさんも最初はそう思っていました。仕事も子育ても大事にするサワディーさん夫妻は、「どちらかをおろそかにして10年後に後悔したくない」という思いがありました。そして、「“家“が移動できたらハッピーじゃん!」と思いついたのです。実際にやってみての感想は「最高だった」とサワディーさん。特に、第一子が1歳、第二子の妊娠中に経験した北海道旅行は忘れられないといいます。「小さな子どもがいるから、あれもこれもできない」ではなく、家族一緒だからこそ味わえる感動がある。そのことを実感できる状況に感謝の気持ちがあふれた旅でした。自分も親3歳。不完全でも一緒に楽しめばいいサワディーさんは妻の海外出張時など、子ども2人を連れて旅に出ることもあります。自分1人で運転をし、子どもたちの世話もする。もちろん子どもたちが泣いたりぐずったりすることもあるでしょう。また、想定外のこともたくさん起こります。大変でないわけがありません。しかし、サワディーさんは「手がかからない」ことを望むのは親のエゴでもあると気づきました。ネガティブなところにとらわれすぎると、全てがイヤになってしまいます。「もう仕方ない、こぼしても泣いてもええわ、あきらめよう。それよりも不完全な状態をも一緒に楽しんでいこう」と気持ちを切り替えた瞬間、育児は「こなす時間」から「一緒に発見する時間」に変わったのだといいます。「子どもが3歳なら自分も父親3年目。決して偉いわけじゃない」そう語るサワディーさんの「変化する力」は、子どもたちと向き合う日常にも生かされているのです。妻という海を、子どもたちと波乗りする突き抜けたい人は徹底的に突き抜けた方がいい、というのがサワディーさんの考え。サワディーさんの場合は、一番近くにいるパートナーがその「突き抜けたい人」でした。ならば全力でその背中を押そう。そう考えています。今のサワディー家を例えるなら、妻が海。そしてサワディーさんは子どもたちを抱っこしおんぶして、波乗りをしているイメージなのだとか。大きくて強い海と共にあるのが自分たちだというのです。将来、夫婦の立場が変わり、自分が海、妻が波乗りする状態になることはないのでしょうか?「彼女は、そういうタイミングもあっていいのではと言ってくれています。僕としては、その方が家族の幸福度が上がるのであれば、という感じですかね」変化を楽しむサワディーさんですが、家族というかけがえのない存在を笑顔にするという姿勢は決してブレることがありません。世の中の常識や移り変わりにとらわれず、自分と家族にとってのベストな選択ができるのは「自分にとって何が大切か」を分かっているからでしょう。どうすればいいか迷ったときは、サワディーさんのように一番大切なものを考えてみるといいのかもしれません。サワディーさんのnoteInstagram / X(Twitter)