「せっかく始めた活動も、中心メンバーが異動すると続かない」「地域活動に若い人が参加してくれない」「新しいことを始めようとすると反対の声が出る」組織やコミュニティの運営に携わる人なら、誰もが一度は直面したことのある課題ではないでしょうか。企業なら、給与や人事評価といった形でメンバーのモチベーションを保つことができます。しかし、地域活動や任意の組織では、そうはいきません。参加者の主体性に頼らざるを得ず、活動を継続的に運営していくことは簡単ではないからです。 しかし、そんな中で新しい形の地域づくりを実践する人がいます。長野県千曲市で活動する株式会社ふろしきや代表の田村英彦さん(以下、田村さん)です。多様な人や想いを包み込み、巻き込みながら持続的に活動できる田村さんの秘訣に迫ります。「みんなで青春」を楽しむ、新しい地域づくり従来の地域活性化とは一線を画す取り組みで注目を集めているのが、株式会社ふろしきやです。その特徴は、「課題解決」や「地域おこし」といった堅苦しいテーマを掲げないこと。代わりに、ゲストハウスでの交流会や温泉街でのワーケーションなど、「楽しい」をキーワードに人と人をつなげています。「古民家を改修したゲストハウスには、毎年1,000人以上が訪れます。みんなでおいしいものを食べ、こたつを囲んだり、酒を酌み交わして話をする。その中から『こんなことやってみたい』というアイデアが自然と生まれてくるんです」と田村さんは言います。実際、こうした活動から生まれたプロジェクトは多岐にわたります。温泉街に誕生したコワーキングスペース、地元のスナックを応援する「NEOネオン」、果樹農家と連携した耕作放棄地の再生など。いずれも、参加者が主体的に動き出したことで実現したものばかりです。「雑談」から生まれる化学反応「最初から『こうしましょう』と決めつけると、人は動きません」代わりに田村さんが重視しているのが「雑談」の力です。ゲストハウスやワーケーションイベントでの何気ない会話から、新しいアイデアが次々と生まれています。たとえば、2024年に5年目を迎える市役所でのクリスマスマーケットは、ある雑談から始まりました。「子どもたちに、もっと市役所を身近に感じてほしい」という職員の一言から企画が動き出し、今では60店舗以上が出店する一大イベントに。地域の若手事業者の出店も多く、新たなビジネスチャンスも生まれています。「誰かがアイデアをA4用紙1枚にまとめてくれたら、それがプロジェクトのスタート。まとめてくれるということは、それだけやる気があるということ。あとは自然と仲間が集まってきます」地域活動は究極のチームプレイ地域には、行政、地域住民、外部人材など、様々な立場の人がいます。ときには意見が対立することも。しかし田村さんは、そうした多様性こそが地域の強みだと考えています。「オフィスの場合は同じ会社の人の中のことだし、考える範囲も知れている。でも地域はもっと人が多様。社会を作っていくことは究極のチームプレイじゃないか」そう話す田村さんは、これまでさまざまな「チームづくり」の現場を経験してきました。高校時代は文化祭の実行委員や模擬店の店長、大学時代はフィールドホッケーのコーチ、そしてオフィス業界でのプロジェクトマネージャーと、人と組織の関係性について多角的な視点を持っています。その考えは、会社名の「ふろしきや」にも表れています。風呂敷のように、多様な人や想いを包み込み、受け入れていく。そんな懐の深さが、持続可能な組織づくりには欠かせないと田村さんは考えているのです。「モヤモヤが青春」という生き方数値目標や成果が求められる。それが私たちの生きる資本主義社会です。しかし田村さんは、そうした従来の価値観にとらわれない新しい働き方を実践しています。これまで人と人をつなぐ仕事に携わってきた田村さんが大切にしているのは、「未来を生きたいと思える社会」を作ることです。この価値観は、3人の子育てを通じてより強くなっていきました。「仕事と子育ての両方に関わることで、より良い街のビジョンが見えてきました。行政と一緒に公共交通の利用促進や地方鉄道の在り方、デジタル化など、社会システムづくりにも取り組んでいます。これは10年後、子どもたちが大人になったとき、この街でどう暮らしていくのかを考えるプロジェクトなんです」原点には、田村さん自身の家族背景があります。京都・祇園で座敷商売を営んでいた祖母は未婚の母として田村さんの母を育てました。普通の家庭を作ることを何よりも大切にしていた母親の影響もあり、田村さんも何気ない日常の幸せを大切にしたいと思うようになったのだそうです。「背伸びしすぎて苦しくなったとき、『なんであの人はこうしてくれないんだろう』と悩んだとき。そんな時は一度立ち止まって『ま、そんなこともあるよね』『やり方が無理あったかもしれないし、誰かに歪みがいくのであればやめちゃおう』と力を抜くようにしています」チャレンジしていると時には壁にぶつかることもあります。しかし田村さんは、その「モヤモヤ」こそが大切な道しるべだと考えています。モヤモヤを力に、一歩ずつ前へ組織の自走や関係者の巻き込みは、一朝一夕にできるものではありません。しかし、田村さんの実践するアプローチには、ヒントがあります。まず、課題解決や成果を急がないこと。代わりに「面白がる」こと、「雑談」すること、「多様な価値観を受け入れる」ことからはじめる。そうすることで、参加者の主体性が自然と芽生えてきます。プライベートでも、料理好きの田村さんは家族と食卓を囲むことを大切にしています。全員が同じ食卓を囲み同じ料理を食べたいと思い、たくさんの料理を作ってしまうこともありました。でも、それぞれの体調や食べたいもの、食べたいテンションも違う。以前は料理を通して自分のエゴを押し付けているのかも、と考えて反省することがあったそうです。それもまた一つの「モヤモヤ」として受け入れています。「私の原動力は、誰かが楽しそうにしている姿を見ることです。小さな幸せの積み重ねが、やがて大きな変化を生み出します」失敗を恐れず、でも背伸びもしすぎない。そんなバランス感覚を持ちながら、地域の未来を作っていく――。そこにあるのは決して派手な成功物語ではありません。けれど、誰もが持っている「モヤモヤ」を大切にしながら、一歩ずつ進む田村さんの姿は、組織づくりや地域活動に携わる多くの人の新しいロールモデルとなるはずです。株式会社ふろしきや