学校になじめない子どもたちが増え、学びの多様性に注目が集まっています。選択肢の一つが通信制高校です。しかし、「進路が不安」「周囲の目が気になる」といった声も聞かれます。そんな中、生徒数が急増し今や日本一のマンモス校になっているのが学校法人角川ドワンゴ学園N/S高等学校(以下、N/S高)です。ICTや専門分野の教育に力を入れていることや進学・就職の実績がしっかりしていることが躍進の理由と言われています。しかしN/S高の魅力はそれだけではありません。「生徒が自分の生活スタイルに合わせて勉強方法を選べる」ということも、多くの人から評価されているのだそうです。Molecule(マレキュール)読者の中にも、「我が子には自分に合った方法で学んでほしい」と考えている人がいるかもしれません。未成年である子どもの進路選択には親の価値観が反映されることが多いもの。子どもに自分らしく生きてほしいと願うなら、子どもの学び方だけでなく、親自身の働き方・価値観のアップデートが必要ではないでしょうか。一人の親として、自身の価値観や働き方を考えることが、いまを生きる私たちには求められているのです。その一例となるのがN/S高のオンライン通学コースでユニット長を務める館野峻さん(以下、館野さん)。館野さん自身の人生は、働き方を選ぶことでどう変わったのでしょうか。いろんな生き方、学び方…追求したい思いに突き動かされた館野さんは、公立小学校教員として15年働いてきました。多忙な業務の合間をぬって、コミュニティ・スクールの研究や地域のEdCamp Japan企画運営など多彩な活動にかかわってきたといいます。館野さんが理想とする教育は「誰もが安心して人とかかわりながら学び、自分の可能性を広げられること」。文部科学省は「個別最適化な学び」を掲げており、公立学校の現場も、少しずつ改革が起きています。「子どもたち一人ひとりに合った教育を」と10年、20年先を見すえた挑戦をする先生方がたくさんいることを、館野さん自身も肌で感じてきました。しかし、子どもたちの実態や家庭環境の多様化のスピードはすさまじく、公立学校では学びのスタイルが追いついているとはいえない部分があるのも事実です。ときには教育活動の流れを維持するために、子どもたちや教員に我慢を強いてしまうこともあるのかもしれません。子どもたちの「当たり前」がどんどん変わっていくことを感じ、館野さんもそれに合わせた理想の教育を追求したいと試行錯誤しました。しかしそれは難しく、公立学校のシステムや環境が社会の現状と合わなくなってきていることを感じざるを得なかったのだといいます。館野さんは、「考えていることをもっとスピーディーにかたちにできないだろうか」と感じることが増えていきました。「かっこいい父」への道を模索して館野さんが課題に感じていたのはそれだけではありません。自身の働き方に関しても悩みがあったのだといいます。子どもが生まれる前は「たくさん我が子とかかわる、かっこいい父になりたい」と思っていた館野さん。ところが実際には我が子と一緒にいる時間を大切にするというそれだけのことが、難しかったといいます。最近ではだいぶ知られるようになりましたが、教員の多忙化・長時間労働は大きな問題です。館野さん自身、家族が起きる前に出勤し、帰宅するとすでに「おやすみ」を言う時間になっていることも少なくありませんでした。子どもの前に立つ教員が一人の大人として生き生きできていない。「一体、何のために自分はこの仕事をしているんだろう」という自問自答が生じるようになっていきました。そんな現状に違和感を感じた館野さんは、公立学校教員からの転職を考え始めました。「自分が高校生だったら通いたい」通信制高校との出会いN/S高と出会ったのは、教員仲間からの誘いがきっかけです。見学をして感じたのは「これからの教育を体現している場」だということ。それは「誰もが安心して学べる環境」が整っていたからでした。個々の生徒が自分に合わせた学び方を選択し、効率的に勉強していたのだといいます。私立の通信制高校によるこのような先進的な取り組みには、文部科学省も注目しています。「自分が高校生だったらN/S高に通いたい、我が子を通わせたい」……館野さんはそう感じました。さまざまなバックグラウンドをもった生徒が全国から集まっている。オンラインを活用したこの学校だからこそ、自分の考える理想の教育に迫れるのではないかーーそう考えた館野さんは、N/S高への転職を決めました。フルリモートで実現した「理想の働き方」N/S高の教員になり、館野さん自身の働き方は大きく変わりました。現在、館野さんはN/S高のオンライン通学コースのユニット長としてフルリモートで勤務しています。公立学校での教員時代と比べ、朝や夜に時間が取れるようになりました。家事や子どもの送り迎え、緊急時の対応などができるようになり、以前と比べ妻にとっても「何かあったら頼れる存在」になっているようです。過酷な働き方をしている人の中には、平日の仕事で疲れるあまり土日は寝て過ごしてしまったり、月曜日が来るのを憂鬱に感じたりする人も多いことでしょう。しかし、そのような親の姿を見て育った子どもは働くこと自体を少しネガティブにとらえてしまうかもしれません。館野さんの家では、お父さんは「家にいるのが当たり前」の存在。子どもたちがまだ幼いこともあり、ときには仕事をしている部屋に入ってくることもあるそうです。生き生きと生徒や同僚と会話したり授業したりする姿を間近で見せることができているのだといいます。父親が楽しんで働く姿を見せられることは、ある意味最高のキャリア教育といえるのではないでしょうか。安心感を支える「かかわりの新しい形」N/S高は既存の学校に物足りなさを感じていた生徒や地元の学校への通学が難しくなった生徒など、多様な生徒が通っています。授業はティーチングアシスタントの力も借りながら選択式・レベル別に行われています。「自分がやりたいことは何だろう」「どうやって学ぶのが良いのだろう」といった生徒の疑問や適性にじっくり向き合いながら学習を進められる良さがあるのだそうです。また、職員は生徒一人ひとりの個別サポートやオンライン上の自習室の運営にも携わっています。進路で迷っている生徒がいれば「ちょっと話そうか」と声をかけ、メンターの職員がオンラインで相談に乗ることもあるのだとか。館野さんは公立学校教員時代から一貫して「コミュニティづくり」「かかわりづくり」に取り組んできました。リアルからオンラインへ。場所が変わっても、大事にしていることは変わりません。それは、「誰もが安心して人とかかわりながら学べる、生きられる」場作りです。これまで大事にしてきた理想の教育をあきらめることなく、働き方、暮らし方も納得のいくものを選びたい。そう考えたとき、今の館野さんにとっては、N/S高で働くことが最適解だったのでしょう。生き方も学び方も、選んでいいこのように、館野さんは自分に合った理想の働き方と教育の形を両方追求することができています。とはいえ現状は、誰もが自分に合った学び方・働き方を選べているわけではありません。窮屈さを感じながら生きている人も多いでしょう。ジレンマを感じ、苦しんでいる人は、「今自分は何のために、こういう生き方をしているのだろう?」と自分に問いかけてみてはどうだろうか。そう館野さんはいいます。理想と現実のギャップを見つめる過程で、自分が本当に望む生き方が見えてくるのかもしれません。館野さんも悩みながら、でも決してあきらめることなく、自分にとっての働き方・生き方の最適解を追求してきました。来年度、館野さんの子どもが小学校に入学します。一人の保護者として、学校にとって何がプラスになるか考えながら貢献したいという館野さん。コミュニティ・スクールなどこれまで実践・研究してきたことが、保護者の立場から活かせるのかもしれません。公立学校の良さや可能性も知り尽くした館野さんならではの、新しい活躍ができそうです。角川ドワンゴ学園N高等学校/S高等学校