「もしあの時、もっと声を上げられていたら」――。「大丈夫ではないのに、大丈夫なふりをしてしまう」。働く子育て世代の多くが、一度は経験したことがあるのではないでしょうか。妊娠中に、切迫早産を経験した台湾在住の植村典子さんは、強い思いを抱いています。5月15日は「国際家族デー」。家族の絆に思いを馳せるこの日、植村さんの経験を通して、日本と台湾、それぞれの育児や家族のあり方に見る違い、そして「もしあのとき」という後悔から始まった変化への願いを見つめます。働く母親が抱える「私がやらなきゃ」の重圧以前の職場は人手不足で、体調が悪くても「休んで迷惑をかけてはいけない」という思いが常にありました。約13年間にわたり医療機関で働いていた植村さんは、常に医療情報に囲まれ、自身の健康への関心も高かったと言います。しかし、そんな医療の現場でさえ、働く女性、特に妊娠・出産を経験する女性へのサポート体制が十分ではないと感じることもありました。そして、妊娠中は切迫早産で緊急入院。母子ともに命の危機に瀕し、絶対安静の日々を過ごす中で、体の異変を感じながらも無理を重ねてしまった自分を深く責めました。「もっと早く、もっと強く『助けてほしい』と声を上げていれば。今でも強く後悔しています。でも、あの時は、なぜか声を上げることができませんでした」。この経験を通して、植村さんが痛感したのは「頼りたくても頼れない。助けを求めることすら難しいと感じてしまう空気」です。家族や社会からの「支え」がいかに重要であるか、そして自身の娘には、決して同じような辛い思いをさせたくない、という強い願いを抱くようになりました。台湾で見た、「当たり前」の風景そんな植村さんが台湾の暮らしで感じたのは、日本とは異なる育児への向き合い方です。近くの小学校や幼稚園では、朝の通勤前だけでなく、まだ仕事時間のはずの午後の早い時間から、子どもを迎えに来ているたくさんの父親の姿が、植村さんの目に飛び込んできました。「全然違うって思いました」。病気の子どもを連れて病院の待合室にいる父親。生まれたばかりの我が子を抱っこ紐で抱き、あやす父親。日本では母親の役割と思われがちな場面で、台湾ではごく自然に、そして当たり前のように父親がその役割を担っています。植村さんの台湾の友人夫婦は、夫婦ともにフルタイムで働きながらも、子どもの送り迎えを夫婦で協力。父親が担当することも多いと言います。植村さんがどうやってやりくりしているのかを尋ねると、返ってきたのはシンプルな答えでした。「私もちゃんと仕事してる。夫も仕事してる。じゃあ一緒に育児もしましょう」。この考え方が、特別なことではなく、社会全体に根付いている。育児は「手伝う」ものではなく、夫婦が「共同で行う」もの。その意識の違いが、台湾の育児風景を彩っているのです。家族を支える土壌。声が社会を変える台湾で父親の育児参加が進む背景には何があるのでしょうか。そこには、個人の意識だけでなく、女性の地位向上や社会進出を後押しする社会全体の意識や制度の存在がうかがえます。女性の政治参加が進む台湾は、ジェンダー平等においてもアジアで高い評価を得ています。特に2016年から総統を務めた蔡英文氏のような女性リーダーの存在は大きく、その政権下では少子化対策として出産・育児に関する制度変更が進められてきました。育児休業給付金が賃金の6割から8割に引き上げられたり、父親も育児休業を申請しやすくなるなど、より働きながら子育てしやすい環境整備が進められています。しかし、それは突然実現したわけではありません。植村さんは「蔡英文氏が総統になる前から、若い世代だけでなく、40代、50代の女性たちも声を上げ続け、社会を変えるための積極的な活動を長年行ってきました」と言います。時にはデモ行進をするなど、市民レベルでの積極的な活動が社会を変える原動力となってきたのです。失敗を恐れずに「まずやってみよう」という文化も、社会の変化を後押ししているのかもしれません。こうした社会全体の土壌が、台湾における家族の協力体制を育んでいると言えるでしょう。「私がやらなきゃ」手放す勇気私たちが、より家族をサポートし、育児を分担できる社会になるためにはどうすれば良いのでしょうか。植村さんは、日本の母親が持ちがちな「自分がやらなきゃ」という「執着心」を手放すことの重要性を指摘します。育児は母親の聖域であり、他人に任せてはいけない、という無意識の思い込み。「なぜ人に頼ることに罪悪感を覚えるのか、ずっと疑問でした。気づいたのは『執着』。これは私の仕事だから、触らないでって思い込んでて」。執着を手放し、「他人に頼れる私でありたい」と願うこと。それは、個人の意識改革とともに、社会全体の意識や制度の見直しが必要であることを示唆しています。台湾に駐在して4年。植村さんはその中で、現地の母親たちが自分の健康を大切にし、当たり前のようにセルフケアの時間を確保している姿を目にしてきました。月に一度、東洋医学の専門家を訪ねて漢方薬の処方を受けたり、体調のチェックをしてもらったりする台湾人女性も少なくないと言います。「体が資本」という考え方が根付く台湾の文化に触れるうち、「自分を大切にする」ことの重要性を改めて感じるようになりました。自分の不調と向き合い、必要であれば周囲に助けを求める勇気を持つこと。それは決して「わがまま」ではなく、家族や仕事、そして何より自分自身のために、前向きにできることなのです。家族みんなで笑える社会へ国際家族デーは、家族の絆を深め、全ての子育て家庭が安心して心地よく暮らす方法を考える機会かもしれません。台湾での経験を通じ、社会は人々の声や行動で変えられると肌で感じた植村さん。自身の辛い経験と台湾での気づきから、「日本にも変わる要素はある」と希望を持てたと言います。その希望は、株式会社ジョコネでの活動を通じて確信に変わってきました。ジョコネは、企業や団体向けに女性の健康に関するセミナーなどを提供し、働く女性が自分自身の心身に向き合い、より働きやすい環境を作るためのサポートを行っています。「課題に向き合うのを避ける企業がある一方で、担当者の性別に関係なく、『ぜひやってほしい』と言ってくださる企業もあるんです」。男性が多い企業で、女性の健康に関するセミナーが実施されるのを目の当たりにすることで、日本企業の間でも健康や働き方に対する意識が少しずつ変わり始めているのを植村さんは実感しています。社会は人々の声や行動によって変えられること、そして失敗を恐れずに「まずやってみよう」という文化が変化を後押しすること。それは、決して外国の特別な話ではなく、実現可能な未来へのヒントに満ちています。株式会社ジョコネ。