年のはじめに新年の目標を立てる人は多いでしょう。一方、どう目標を立てればいいかわからない。仕事と家庭で精一杯で、自分のことはいつも後回し。そんなMolecule読者も少なくないはず。年を重ねると、私たちはいい意味でも悪い意味でも、現実的な考え方をするようになっていきます。社会人になり、結婚し子どもを持つ頃には、自分の夢・自分の目標の優先度はだいぶ低くなっているものです。「それは仕方ない。だって、私はもう若くないし母親だから」もちろん、そうでない人もいます。別府麻美さんは2022年に158個の目標を立てました。なぜ彼女は自分の目標に向き合うことができるのでしょうか?目標設定・目標達成の方法を紹介します。目標は逆算「最後にどんな感情でいたいか?」「158個は多いと思うかもしれませんが、毎日することや、定期的にすることも約40個あります。目標も大きなものでなくちゃ、と思ってしまうかもしれませんがもう少しゆるく考えてみましょう。私は冷え性を治す、週に6日ジム通いをする、3カ月に一度は母と祖母に会いに行くといったことも目標にしていますよ。」別府さんが1年のはじめに目標を立て、年末に進捗チェックをするようになったのは27歳のとき。『7つの習慣』という本がきっかけでした。本を通じて「子どものために夢をあきらめる」ことは、子どものためのように見えるけれど、子どもにとってはうれしくないと考えるようになったそうです。「わたしの人生の目的はなんだろう?」たどりついたのは「世界中の人々に愛と笑顔を与えること」でした。いつか必ず私たちは死を迎えます。その瞬間にどんな感情でいたいのか。「生ききったと思える人生にしたい」そう話す別府さんには、年齢ごとのライフプランがあります。子どもが生まれるまでの20代は自分のために、30代は家族と所属する会社のために、40代は社会のために。別府さんの目標は毎年変わります。しかし、最終目的地と年齢ごとのありたい姿がぶれることはありません。3カ月ごとに目標を更新するまで目標に邁進する姿とは裏腹に、別府さんの半生は平坦ではありませんでした。入社3カ月で会社が倒産学生時代、新規事業や経営に興味があった別府さん。さまざまな経験ができると期待してベンチャー企業に入社しましたが、わずか3カ月で倒産してしまいました。第二新卒で就活し直すものの、実務経験がないのでなかなか決まりません。友人が紹介してくれた仕事に就いて、ようやく社会人生活のスタートラインに立ちました。目標は後回しだった最初の結婚プライベートでは24歳で1人目を、26歳で2人目を出産します。当時の夫が親の借金を肩代わりしていたので家計は楽ではありませんでしたが、「二人で頑張って返していけばいい」と思っていたそうです。別府さんは複数の仕事を掛け持ちしながら、必死に働いていました。ところが元夫はどこか他人事のよう。「この人のためにならない」と感じた彼女は離婚を決意します。落ち着いたらまた一緒に暮らそうと思っていましたが、元夫は失踪。いまも行方がわかりません。35歳、毎年目標を立て始めるその後、別府さんはしばらくの間シングルマザーとして過ごします。生活を成り立たせることが最優先で、目標を立てるどころではありませんでした。気持ちの面でも生活にも少し余裕が生まれたのは、35歳で大手システムインテグレーターに転職、再婚してからのことです。「それからは毎年、目標を立てていますし、3カ月ごとに見直ししています。」いま、プロジェクトデザイナーとして活動するbridgeに別府さんがジョインしたのは2020年。起業家人材の育成や新規事業の開発支援を行っています。エンジニアがメンタルヘルスを扱う理由別府さんには心理カウンセラーという、もうひとつの顔があります。「IT業界は、他の業界に比べてうつを発症する人が4倍多いといわれています。システムエンジニアは、プロジェクトにアサインされて完成したら終了です。その繰り返しなんですね。クライアントから感謝の言葉をかけられることはほとんどありません。でも、ひとたびシステム障害が起きればものすごい剣幕で怒られるんですよ。納期とシステム障害の対応で心を壊す人たちを見てきたので、どんなコミュニケーションをとったら、エンジニアがやりがいを持って働けるかを自然と考えるようになりました。そのためには、コミュニケーションの正しい方法を学ぶ必要があると思ったので、32歳のときに心理カウンセラーの資格を取りました。」近年、少しずつ認知されるようになっているとはいえ、心の問題を予防するという考え方はまだまだ一般的ではありません。メンタルヘルスは個人の問題だけでなく、社会的な影響も大きいものです。一説によると、休職者のケアや代替要員の確保、医療費などを含めた社会的な損失は、2兆円とも言われています。メンタルヘルスを学んだ結果、別府さんのチームは適切なコミュニケーションをとれるようになりました。ただし、いつも対応するのは異変が起きてから。次第に別府さんの関心は「どうすれば兆しに気づけるのか」に移っていきました。カウンセラーなのに自分を大事にできない20代で「世界中の人々に愛と笑顔を与える」ことを人生の目的に据えた別府さん。しかし、私たちは人間です。いつも他人を気遣える余裕があるとは限りません。実は、別府さんは前職の人間関係でかなり苦労していました。「頑張っているのに、どうして空回りしてしまうんだろう。心理カウンセラーの資格を取って10年くらい人の心のケアをしてきたのに自分のこともできない。なんて情けないんだろう。そう思っていましたね。親がそんな状態だったせいか、息子が不登校になってしまいました。昼夜逆転の生活で、毎日学校から電話が掛かってきました。親としてもダメ、ビジネスパーソンとしてもダメ。どうしたらいいかわかりませんでした。」わかってはいるのに、できない。自分をケアできなかった経験を通じて、人の痛みがわかるようになったといいます。「こんなつらい思いをして仕事をしても、世の中に貢献できないなら、やめよう」何の計画もありませんでしたが、退職を選びました。「なんとかなる」後押しした夫の言葉そんな状況にあっても「生活が不安でやめられない」そう思っている方も多いはず。別府さんを後押ししたのは何だったのでしょうか。「夫の言葉は大きかったですね。私は仕事を辞めるかどうかで2年も迷っていたのですが、全然楽しそうじゃない私を見て、お金はなんとかなると言ってくれました。いまより悪い状況になることはないから、辞めちゃいなよって、背中を押してくれたんです。」転職ではなく独立を選んだのは、働き方を大きく変えなければこの先も同じだと思ったからだそうです。これまでの社会人生活で会社員に向いていないと思っていた別府さんは、会社員を卒業しました。働く子育て女性が自分の時間を持つにはいま44歳の別府さんの子どもたちは、すでに高校生と大学生。あと数年で母親業も終わります。「40代からは社会のために生きていく」と決めた別府さんが、自分らしくあるために子育てで取り組んできたことがあります。「ポイントはお母さんが全部やってあげないこと。子どもが自分でできるようにならないと、いつまでたっても自分の時間を作ることは難しいでしょう。だから、私は何をするにも子どもたちにやり方を教えてきました。洗濯物のたたみ方とか学校の準備とか。担任の先生に忘れ物が多いですね、と言われても代わりにやってあげたことはありません。それは子どものためでもあります。」別府さんは今年、大学院を受験します。働く子育て女性でありながら、大学院で学び直そうと思えた背景には「子どもが自分のことを自分でできる」体制をつくってきたこともあるでしょう。目標達成は明確な理由を探すことから最後に、目標を更新し続けてきた別府さんに目標達成のコツを聞きました。「目標を達成できないのは、自分の中で明確な理由を探せていないからだと思います。なんとしてもやらなければと腹落ちしていれば、目標を立てることも達成することも決して難しくありません。元夫の失踪や前職時代の同僚、私自身も自信をなくしてメンタル不調を感じるなど、私の周りには心を壊している人がいました。心の領域を扱うことは決して簡単ではありません。でもそれが私の生きる道だとも思っています。大学院では心の専門領域の学びを深めたいです。学ぶだけでなく、起業に関心を持つ人とのつながりにも期待しています。将来的には、ITとメンタルヘルスの大学院発ベンチャーを作りたいですね。学びは自分のためでもありますが、社会のために自分を役立てたいからでもあります。だから、私は目標を更新しづつけます。」別府さんがジョインするbridge編集後記目標に対するストイックさの背景には、何があるんだろう?それが知りたくて別府さんにお話をうかがいました。同世代の友人たちに比べて遅いキャリアのスタートとなったことに対する焦りもあったのかもしれません。目標を達成し続ける人を見ると、あの人と自分はまったく違うと思ってしまいますが、コンプレックスが力になることもあるのだなと感じました。人の役に立とうと思うなら、まずは自分の心の健康から。「身体の健康が心の健康をつくる」と言いますが、別府さんはまさにそれを実践されています。私もやっていきます!