育児に追われる毎日の中、「何が好きか、何がしたいか。自分と向き合う時間が減っていって、自分という存在が薄まる感覚が怖かった」と打ち明けてくれた安里美紀(あさと みき)さん。 東京・高円寺にある小杉湯で毎月開催中の『パパママ銭湯』は、安里さんが産後に感じた孤独と閉塞感がきっかけで生まれたイベントです。普段は息をつく暇もないパパとママに、のんびりお風呂に入ってもらいたい。そんな思いから、育児経験者、保健師や保育士などのボランティアスタッフが集まり、子どもの入浴をサポートするために万全の体制を整えています。日ごろ育児と向き合っているMolecule(マレキュール)読者にもぴったりなイベントを運営している安里さんに、ご自身の育児経験、お仕事への思いについて伺いました。安里美紀さん|会社員として勤務するかたわら、ブログ運営や、多数WEBメディアで働き方・女性の生き方・チームワークをテーマにしたコラムを寄稿中。現在は、銭湯を起点としたイベント・コミュニティ運営団体「銭湯ぐらし」のスタッフとして「パパママ銭湯」の企画運営にも携わる。13歳年下の夫と娘との3人家族。憧れの街へ引っ越すも……子育ての孤独と戦う毎日ーお子さまが生まれたときは、逗子に住んでいらっしゃったんですよね。当時の暮らしはどうでしたか?ちょうど逗子への引っ越しのタイミングで妊娠がわかったんです。海が近くて緑もいっぱい、こんな自然が豊かなところで子育てもいいよね、と夫婦で話していました。ただ、私たちはもともと東京に長く住んでいて。いざ育児が始まってからは、お互いの両親も、独身時代の友人も近くにいない環境の中、孤独を感じる場面が増えていったんです。日中に子どもとコンビニや病院を行き来するだけの毎日。夜中は寂しさに耐えられず、急に涙が止まらなくなってしまうこともありました。-気軽に話せる大人の方が近くにいないのはつらいですね。地元のパパママコミュニティなどはなかったのでしょうか……?同じ月齢の親同士で集まる場はあったんですけど、子どもを起点にしてコミュニケーションを取ることが少し苦手だったんです。みんな子どもには話しかけてくれるけど、その子のパパママに向かってプライベートなことを聞いたら迷惑かな、踏み込みすぎてしまうかなって。当時は夫婦ともにフリーランスで時間の融通が利く働き方をしていたので、健診もほぼ一緒に行っていました。二人三脚で育児のスタートを切れたのはよかったんですが、その分2人の世界に閉じてしまっていたかなと反省もありますね。育児は全てが初めてのことですし、子どもの発育にはかなり個人差があります。何かわからないことがあっても、誰に聞けばいいのかわからず困っていましたね。仕事の話だったらすぐに同僚に相談できるのに、育児では行き詰まった気持ちを誰にも共有できずにいたんです。「自分が主語でいられる」時間を持っていたい-育児中、行き詰まりや孤独を感じたことがある人は多いと思います。ほかにも、産後に悩んでいたこと、辛かったことはありましたか?出産直後は育児に専念していたんですが、仕事を休んでいた8ヶ月間は果てしなく長く感じました。ひたすら子供の面倒を見て、日々のタスクをこなして…… 子どもはもちろん可愛いけれども、なんだか「主語が子どもの生活になってしまうな」と感じたんです。「子どものママ」としての存在が先立って、「安里美紀」という個の存在がいなくなってしまうような気がして。-自分自身が消えてしまうような感覚をお持ちだったんですね……仕事をしているときは、「私はこう思う」「私はこうしたい」って、自分が主語でいられますよね。自分の意見や考えを提示して、私がいることで周りによい影響をもたらせたとき、ちゃんと生きてるなと実感できる。我が強いなって思いますけど、母親になったからといって、自分のやりたいことを諦めたくなかったんです。-子どもを持つと、自分のために使える時間は激減してしまう。それに加えて、「母親として育児を頑張らなきゃ」「母親らしくならなきゃ」という固定観念に囚われて苦しんでしまう人も多そうです。「子どもが生まれても、仕事をしたい、自分の時間を持ちたいを思うのはわがままなことなのか?」と、私もすごく悩みました。専業主婦が多い世代の親からは、「結婚・出産したらキャリアはゆるめるんでしょう?」みたいに言われることもありましたね。でも、考えた末にたどり着いた答えは、「人目や世間体を気にしていても仕方がない。後悔しないように生きよう」ということ。他人や世間体が、私の人生に責任を負ってくれるわけではありません。私は私で、母親でありながら、個人としての人生もきちんと全うしようと決めました。『パパママ銭湯』は、子どもではなく「親」が主役の場所-『パパママ銭湯』は、まさに安里さんが子育て中に感じた孤独を解消できるイベントですよね。どんないきさつで立ち上げたのでしょうか?私の転職がきっかけで、通勤しやすいように都内に住まいを移すことになりました。もともと銭湯が好きだったので、引っ越しをきっかけに小杉湯に通いはじめて。オムツが取れていない小さな子どもは入場できない銭湯が多い中、小杉湯は0歳から連れて行けるんですよ。番頭さんとも顔なじみになったくらいのタイミングに、小杉湯を拠点としてコミュニティ運営を行っている『銭湯ぐらし』という団体のメンバー募集を見て、「面白そう!」とすぐ応募したのが始まりです。ジョインしたあと、さっそく『パパママ銭湯』の企画を提案して開催に至りました。『パパママ銭湯』は、何か共通の企画や目的を通じてなら、私みたいな人見知りでも親同士でコミュニケーションを取りやすいんじゃないかな、と考えたのがきっかけで思いつきました。子どもをお風呂に入れるのって、本当に一大タスク。実際に銭湯でみんなと一緒にやれたとき、ほかの親たちと戦友になれたような、あたたかい結束が生まれました。「夢が叶った!」と嬉しかったですね。-親同士がコミュニケーションをとるきっかけになるんですね。子どもにいつも注意を払っていると、お風呂にのんびり浸かれる時間って本当に貴重ですよね。そうなんです。多くの親や大人は、小さい子どもを置いて自分だけお風呂に入るなんて、子どもがかわいそう……と思ってしまいがち。どうしても、普段は子どもが主語になってしまうんですよね。だからこそ、『パパママ銭湯』ではどんなに子供が泣いていても、「お父さんとお母さんがゆっくりするための場だから、行ってきてください! 私たちが面倒見てるんで!」とスタッフから伝えて、とにかく親たちにお風呂に入ってもらいます。-最初は、自分の子どもを置いていくことに抵抗感や申し訳なさがある方も多いのでは……みなさんそうなってしまいますね。でもパパママがリラックスすることがなにより大事。心配そうなお母さんがいたら、なんならスタッフの私も脱いで、近くでお子さんを抱っこしながら一緒に入浴することもあります。そうやってスタッフが全面サポートする姿勢を見せることで、お母さん側も「このスタッフさんになら、子どもを任せても大丈夫かも」と信頼してもらえるんです。 パパママのことを第一に考えてますよ、そのために私たちスタッフが全力でサポートします! というスタンスを取るように心がけていますね。自分が主語でいられる時間を、ほかのパパママにも過ごしてもらいたいんです。母親という肩書きにとらわれず、自分の人生を生きるための選択肢を-今後、『パパママ銭湯』でやっていきたいことはありますか?今は小杉湯さんをお借りしてイベントを運営していますが、いずれ東京中の銭湯で『パパママ銭湯』を開催したいですね。そして、ゆくゆくは『パパママ銭湯』というイベント自体がなくなればいいな、なんて思っています。イベントとして銘打たなくても、子連れの親がいたら誰かが自然に「あなたがお風呂に入っている間、子ども見ておこうか?」なんて声を掛けて助け合える、どこへ行くにも何をするにも、親の肩身が狭くならずにいられる世界。そんな世の中になったらいいですよね。イベントの企画元として私が所属する『銭湯ぐらし』でも、まさに新しい試みを行っています。今年の3月、銭湯のあとにくつろいだり食事をとったりできる『小杉湯となり』をオープンしました。(注※現在は会員制で運営中)大人も子どもも関係なくつながれる開かれた“場”を、銭湯だけにとどまらず提供していくつもりです。-すごく優しい世界ですね。実現したら、子どもを持つことへの不安がやわらぎそうです。安里さん自身の成し遂げたいこと、目指すありたい姿についてもぜひ教えてください。自分と同じような、働く女性のサポートがしたいですね。私は仕事を通じて、「自分が主語でいられる時間」をつくってこられました。でも子どもを持つと、どうしても働ける時間は限られてしまいます。 働くことで社会に貢献したい、自分のやりたいことを実現したい、という気持ちは、母親になっても持っていていいはず。どちらもがんばりたい人が、当たり前にがんばれる選択肢を持てる社会を実現するために、自分自身にできることをこれからもやっていくつもりです。取材協力:小杉湯となりhttps://kosugiyu-tonari.com/【パパママ銭湯 公式アカウント】 次回開催日はこちらのアカウントでお知らせする予定です! (銭湯施設の小杉湯は通常営業中です) https://twitter.com/papamamasento