2019年1月に公開し、大きな反響があった記事「”子有り”をコンテンツ化 ハッピー未婚シングルマザー見つけました!」でインタビューさせていただいた青柳真紗美さんの連載です。青柳さんの「わたし」を軸にした生き方、考え方は、シングルマザーだけでなく働く子育て女性のMolecule(マレキュール)読者にも通ずるものがたくさんあるはずです。コントロールできること、できないこと人生にはコントロールできることとできないことがあります。他人の心も明日の偶然の出会いも、コントロールすることはできません。でも、コントロールしたくなってしまう。それどころか、私たちは時として、努力さえすればいろいろなことをもっと上手くコントロールできるんじゃないかという錯覚に陥ります。だけどそれは大きな間違い。実際は一番お手軽にコントロールできそうな「自分」という存在さえ持て余しているわけです。生理前や低気圧の日、寝不足の朝。誰かとケンカした夜や、認めてもらえなくて欲求不満の日。そんな中でも、私たちは「自分自身」をなんとか乗りこなそうとがんばります。でも、うまくいく日もうまくいかない日もある。 なんども挑戦して、なんども「これはもう(自分一人の力では)どうにもならないな」と失望して、そうしてやっと自分の心の拠りどころ、落としどころを見つけていく。多分、人生はこの繰り返しなのでしょう。努力で全てを思い通りにできると勘違いしていたころ「私がコントロールできると勘違いしていたもの」の遍歴は凄まじいです。 20代の頃は無双状態。まず、自分の気持ちも他人の気持ちも働きかけ一つで変えられると思っていました。健康はコントロールできて当たり前、体調不良で仕事に穴を開けるなんて言語道断。勉強を続ければ開けない道はないと思っていたし、お金を稼げないのは努力が足りない言い訳だと本気で思っていました。今はこの全てを「若かったなぁ」と振り返れます。だけど、その中でもとりわけ「痛かった」のは……出産をコントロールできると思っていたこと。 妊娠中、常に考えていたのは「出産と育児が自分のキャリアに及ぶ影響をいかに少なくするか」でした。昔から承認欲求が人一倍強く、仕事での成功や注目が何よりも気持ちよかった私。褒められたくて認められたくて、「頑張っている私」でいたくて。学生時代に起業してから手を変え品を変え、とにかくよく働きました。だから当然、産後もすぐに復帰するつもりだったんです。 子どもが生まれたら移動時間が負担になることは目に見えていたので、妊娠中に物件を探して当時働いていたオフィスから徒歩5分の場所に引っ越しました。家が決まって次に考えたのは「バースプラン」。具体的には、無痛分娩を選択するかどうかを検討しました。私が妊娠する少し前に、イギリスのキャサリン妃が「ハイヒールで日帰り出産」したことなどが日本でも報じられていました。それを思い出して少し調べてみると「自然分娩で痛い思いをして出産するのは日本だけ。海外では無痛分娩が主流」「病院代が高くて1週間も入院できないから無痛分娩。でもみんな健康に生まれる」と。そんなカキコミを見つけて「これだ!」と思いました。私のかかりつけ医は地元の小さな産院で、「和痛分娩(陣痛のピークで麻酔を打って痛みを和らげること)」は比較的推奨していたけれど、完全に無痛分娩での計画出産はあまり経験がなかったようでびっくりされました。それでも院長は快諾してくれて、出産予定日が近づくとカレンダーを見ながら入院日を決め、「出産日」を決めました。息子の誕生日は私が決めたんです。分娩台に上がる直前までスマホを手放せなかった当時もフリーランスでしたが、仲間の一人が立ち上げた小さなスタートアップベンチャーで業務委託の広報として働いていました。ちょうど資金調達も実施してオフィスも移転し、人もどんどん採用してまさに「これから」という時。そんな面白い時に1年も現場を離れるなんて考えられませんでした。だから臨月を迎える直前まで毎日オフィスでみんなとゲラゲラ笑いながら仕事していました。仕事だけじゃありません。「生まれたら食べられないから」と言い訳をして毎晩のように焼肉に行き、新しい企画もどんどん出しました。それはそれは楽しい妊婦生活。予定日が近づき、実家に戻ってからもリモートでずっと仕事をしていました。出産予定日の5日後に、直前に受けた取材の原稿確認の予定を入れていたくらいです。 「ペースは落とすけど、ゼロにはしない」。 そう宣言していたし、本気で信じていたんです。出産予定日の前日、私は一人、荷物をまとめて産院を訪れました。用意された小綺麗な個室は日当たりがよく、ベッドに腰掛けると遠くで聞こえる赤ちゃんの泣き声に不思議な気持ちになったのを覚えています。そのあとは看護士さんの指示通りに、検査や診察を受け、子宮口を広げる処置をする部屋に通されました。 この間、ずっと私が離さなかったものは、スマホでした。出産を直前に控えたこんな時にまで、私はSlackというビジネスチャットツールで会社のメンバーとずっとやりとりをしていました。仕事の話はほんの一部で、「そろそろ産んでくる」とか「陣痛来たら実況報告するわ」とか……今思えば悠長すぎて笑えるけれど、そんなやりとりでした。早く会いたい。でも怖い。自分では落ち着いているつもりでしたが、きっと怖かったんだと思います。あと数時間後には、息子が産まれてきてしまう。産まれたら、もう戻れない。一人の人生ではなくなる。だからきっと、「ママ」ではなく「一人の私」を必要としてくれる人たちとの繋がりが途絶えるのが怖かったんだと思います。お腹の中の我が子に早く会いたい気持ちと怖い気持ち。この頃はまだ子どもの父親である彼のことも忘れられず、でもどんな反応が返ってきても傷つくだろうと予想できたから連絡もできず……。いろんなモヤモヤを断ち切りたくて、あの手この手で出産直前まで自分を盛り上げました。そこに仲間たちを付き合わせた感は否めないけれど、おかげで寂しさを感じない妊娠生活でした。辛すぎた産後3日目の夜さて。詳細は省きますが、フタを開けてみれば私のお産は「無痛」どころの騒ぎではなく、痛みのオンパレードとなりました。産後予定していたエステやお祝いのディナーなんて楽しめるわけもなく、文字通り身も心もボロボロのスタートを切ったのです。産まれたての我が子は透明な箱に入ってベッドの傍にいるけど、私は麻酔の副作用の起立性頭痛と帝王切開の痛みでお世話なんてとてもできる状態ではありませんでした。ひたすら寝て、水分を大量に摂取して、浮腫んでパンパンになった顔を鏡で見て……正直、最初の2日間はほぼ記憶がありません。やっと自分の命を取り戻したと思えたのは3日目くらいだったと思います。するとその日の夜、突然眠れなくなり、頭の中にある考えがこびりついて離れなくなりました。 「こんなに痛くて苦しいのは、出産を、命をコントロールしようとした罰だ」と。2時間か3時間か、それとももっと長い時間だったか……よく覚えていませんが、頭がおかしくなるかと思いました。涙が止まらなくなって、一人で横になっているのが辛くなり、耐えきれずナースコールを押しました。その時に飛んできてくれた助産師さんは、朝4時まで隣に座ってたわいもない話を続けてくれました。私と同じように未婚で子供を産んだママたちの話や、助産師さん自身のこと。それだけじゃなく、美容院を変えるきっかけとか私が住んでいる街の話とか、赤ちゃんと関係ない話もたくさんしました。「私たちが見ていられるのは『生まれるところ』まで。退院した後、あの子達がどうやって育っていくのか気になる時もあるけれど、そこまでは見届けられない仕事なのよ」という、彼女の言葉が今でも忘れられません。苦しいモヤモヤはいつの間にか溶けてなくなり、強烈な眠気に襲われてまた眠りに落ちました。コントロールできない「自分」を楽しもうこの頃の経験から、私は悩んだら「コントロールできること」と「できないこと」を分けて考えるようになりました。実際に考えてみると「コントロールできること」ってすごく少ないな、と気づかされます。それは子育てでも仕事でも、自分の人生でも同じだなと、最近より強く実感しています。以前の私は何かにつけ「こんなこともコントロールできないなんて、私はダメだ」と考えていました。予定通りに仕事を進められなかったり、どんなアプローチをしても相手の態度が変わらなかったり、約束を守れなかったりしたら、それは「ダメな私」。自分を律することができずに仕事中に美味しいスイーツを食べたり、突然思いつきで新しいことを始めちゃったりしたら、それも「ダメな私」。もちろん、子育てや教育を思い通りにできない私も「ダメな私」……。きっとお分かりになると思いますが、これってすごく苦しくて、誰も幸せにならない道です。「コントロールできないこと」に対して上手く対処できるふりをして強がっていても、自分が辛くなるだけです。目の前で起きていることを自分の目線で評価するのではなく、白黒つけずに、透明な心でじっくり味わう。結論を急ぐのではなく、プロセスに寄り添う。そうすることで見えてくる世界があります。「次は何が起きるんだろう?」「私は本当はどうしたいんだろう?」「まだ何もわからない。もう少し観察してみよう」と。もう一歩踏み込んで考えるのであれば、「コントロールできるもの」が見つかったら、それを「人生を豊かにする貴重な資源」と捉え、仕組みや環境でコントロールできないかを考えてみるのもおすすめです。ポイントは「自分の意志の力に頼らないこと」。私の場合はこれを徹底することで、日々の暮らしがグッと楽しくなりました。 例えば最近気付いたのは「モノを置く位置」で暮らしも習慣も変わるということ。ダイレクトメールや通販の箱を部屋の中に持ち込みたくないから、ゴミ箱を玄関に置いて靴を脱ぎながら仕分けする。家の中でスマホを見る時間を減らしたいから、充電は玄関で行う。ちょっとした空き時間に水回りを綺麗にしたいから、片手で取れる場所にメラミンスポンジをカットして置いておく。全て、自分が移動したり、ちょっと頑張って道具を探せばできることだけど、「最もコントロールするのが難しいのは自分自身」ですからね。 笑っちゃうくらい小さなことなんですが、そんな小さなことの積み重ねで、自分で自分をハッピーにできる実感を持てています。少しずつ、1つずつでいいんだと思います。みなさん、一緒にゆっくりいきましょう。 次回は「産後、台風のように訪れた自己啓発ブーム」についてお伝えします。▽青柳真紗美さんのインタビュー記事はこちら▽https://molecule.news/stories/single-mother/ ▽青柳真紗美さんの連載 夜明けの未婚シングルマザー vol.1はこちら▽ https://molecule.news/stories/unmarried-mother-1/