闘病生活を乗り越え 社内初の育休取得で見えてきたもの | IT企業 管理部部長・大野陽子さん(39)

いつも仕事と子育てを頑張っている【Molecule(マレキュール)】読者の皆さんも、何か上手く行かないことや、モヤモヤする出来事があったとき、「小さい子供がいるから…」「ちょっと体調が悪いから…」などと言い訳してしまうことは無いでしょうか?

パラキャリワーママとして、本業・複業に駆け回っている・三木も、自分に言い訳をしてしまうことが多々あります…(苦笑)。そんな私が、こんなんじゃいけない!と奮起させられる出会いがありました。

IT企業で管理部の部長職に就いている、大野陽子さん(39)

IT企業勤務の大野さんは、2018年3月に結婚してわずか3か月後、脳梗塞で倒れ入院。その時に、自身に新しい命が宿っていることを知ります。一時は半身不随となるも、リハビリで回復し、そこから職場復帰、挙式、出産…現在は育休中、さらに取材の1か月ほど前に実父が他界されたというのです。

山あり谷ありの人生…そんなことがあったとは感じさせない明るい笑顔で、苦境の中で見つけたという人生哲学について語ってくれました。

仕事をバリバリする女性に憧れ、結婚・出産はしないものだと思っていた

社員数100人ほどの現在の会社には、10年前に中途で入社し、はじめは派遣社員として働いていたという大野さん。その後、正社員になり、管理部部長を任されるまでになりました。当時、キャリアを積むこと、役職につくことが目標だったといいます。

「キャリアとは上に行く事で、上に行く事=自分が成長している、幸せになることだって思っていたんです。だから、病気をするまでは価値観をみんなに押し付けていました。女性のメンバーに〝一回は役職を経験した方がいいよ、幅が広がるよ〟って。それぞれのメンバーが何を幸せと思っているかを聞いてあげられていなかったんですよね」

確かに…そういう押しつけをしてくる管理職って、少なくない気がします。そういう考え方に至るのには理由があったのでしょうか?

「私自身が30代前半まで、自分探しをしていました。自分てなんなんだろう?どうやったら幸せになれるんだろう?って、幸せを外に求めていたんですよね。色んなセミナーや習い事に通って、旅行も行って…。それなりに幸せで仕事も充実していたんですが、何かが足りないなって」

一体、何が足りなかったんでしょうね。

「自分が、今ある幸せに気づけていなくて、常にもっと違う幸せがあるんだって思ってしまっていたんですよね。仕事を頑張っていたのも、誰かに認められたくて、そのためにしていたのかもしれません。周りに評価されると、自分はすごいんだって思える気がして…。他人軸で生きていたんだと思います」

友人と20代最後のタイ旅行

実は、大野さんのキャリアのスタートは、アパレルの販売員。アルバイトから契約社員、正社員とステップアップ。その後、現在働くIT会社に派遣社員として入社し、正社員になり、管理部部長になったのです。

「派遣社員の時も、目の前の単純に見える仕事を楽しんで取り組むようにしていたんです。例えば、机を拭くといったお仕事。みんなの机の上って個性が出ているんです。いつも綺麗なのにちょっと違うなっていう日があって。そんなときに、なんかありましたか?忙しいんですか?と聞くと、おじいちゃんが亡くなって…とか。ただ拭いているのではなくて、この机の人たちはどういう人達なんだろう?何か出来る事はないかと考えてやっていました」

単純な仕事にも意味を見出して頑張る大野さんの姿勢が素敵です。目の前のことを楽しくするコツってありますか?

「私は人が好きなので常に目の前の人が、どうしたら笑顔になるんだろう?と考えているんです。きっと誰にでもエネルギーが湧いてくるポイントってあると思っていて。それに気づいていないだけなんですよね」

出会ってすぐに付き合い、1か月で結婚を決めたスピード婚、しかし・・・

30代後半になり、せっかくここまで築き上げたキャリアを諦めたくないと、結婚や出産という選択はしないと考えていたという大野さん。しかし、現在の夫と出会い、すぐにお付き合いをすることとなり1か月で結婚を決めました。幸せの絶頂の中で、思いもよらぬ出来事が起こります…。

脳梗塞で病院に搬送された時の大野さん

「夫と結婚して一緒に住み始めて3か月後に、ご飯を食べてるときにパタンって倒れて、救急車で運ばれ、脳梗塞だと診断されました。即日手術して入院。しかもその時に、妊娠が発覚して…でも、手足は動かないし、こんな動かない体のままで出産できるのかな?母親として子供を育てることが出来るのかな?って、正直、出産は諦めた方が良いんじゃないか、夫とも離婚した方が良いんじゃないかとまで考えました…」

想像するだけで辛いです…。旦那さんにもそのお気持ちは伝えたんですか?

「はい。でも、夫は〝大丈夫だ、なんの問題もない〟ときっぱり言ってくれて。その時に、じゃぁ頑張ってみようとリハビリをすることにしたんです。倒れてから4か月後に結婚式が控えていたのもあって、必死でした。笑」

花嫁姿がとっても美しいです。病気をしたことで何か変わりましたか?

病気をして、当たり前のことが有難いなっていうのを一番感じましたね。歩くことすらできなかったので、歩ける、ご飯が食べられる、生きているってありがたいなって。毎日、自分良く生きたな、子どもも良く生きたなって思って過ごしています」

キャリアや上に行く事が幸せだって考えていた過去からは、大きな変化ですよね。

「気づかされたという方が近いかもしれません。もともと家庭が大事で家族が大好き。でもそういうことを、仕事のために忘れていた。今回の病気や出産が、思い出させてくれたんです」

〝キャリアとは仕事のことだけじゃない〟自分と対話し、自分にとっての幸せの軸を大切にしていくこと

出産するまでは、すぐに職場に復帰しようと考えていたという大野さん。でも今は、なるべく長く子どもと一緒にいたい。子供と一緒にいても働ける働き方を考えて、会社に提案したいと考えているといいます。

「今、子どもといる時間が楽しいんですよね。だから、思う存分子育てしようって思っています。結婚して子どもを産むこと=キャリアを諦めることだとずっと思っていたけれど、そうじゃなかった。育児っていろんなことを学びませんか?自分のマネジメントスタイルも育児で教えてもらいました。結婚も、育児も一つのキャリア。子供のためにキャリアを諦めるっていうのは、子どもに対して失礼だって思うようになりました

まさに、結婚も育児も一つのキャリア。でも、私は育休中、そんな風に前向きにはなかなか捉えられずにいました。なぜそんな風に考えられるのでしょう?

「育児の経験が、仕事にも直接的に生かせるなと感じているからかもしれません。これまで、女性が働きやすい職場にしたいと制度も考えていたし、子供を持つまでは現在ある制度で十分だと思っていたんですけれど、実際に自分が母親になったことで、足りないところに気づけました。女性のロールモデルがいなかったので、後輩たちに同じ思いはさせたくない。社内で、私が産育休を取得した1人目。復職してからも、パイオニアとして切り拓いていきたいと思っています」

今、大野さんはご自身のキャリアの棚卸をしたり、これからやりたいことを考える時間を作っているそう。さらに、自分自身が上に立つのではなくて、チームメンバーを陰からサポートするという働き方もいいなと思えるようになったそうです。

「最終的には自分の好きな時間に、好きな場所で好きな人と働くという自由を手に入れたいです。今はこの子が大事だからこの子と過ごしたくて、そのために自分は何ができるか?と考えています。1年後の自分はバリバリ仕事をしたくなっているかもしれない。自分にとっての幸せはその時々変わる前提で、今の自分は何がしたいのかを自分と対話して、道を作っていくと良いんだと思えるようになりました」

「認められたい」という思いをエネルギーにしていた過去から、子どもと一緒に生きる毎日をそのまま仕事のエネルギーに変えていく。人生の紆余曲折を経験したからこそ伝えられる、大野さんの強くしなやかな生き方に、【Molecule(マレキュール)】読者の皆さんも、エンパワメントされたのではないでしょうか?

「生きてるだけで幸せ」…も、そう感じられるように…なりたいです。小さなことでプンプン息子に怒ってしまう狭量な母親がここにいます…(笑)。